気まぐれのフェアリーテイル

 無造作に並んだカードのうち、一番手前のカードをルチルは裏返してめくってと何度か繰り返していた。ゲームを始めるわけでも占いをするわけでもない、無為で不規則な動きがミスラは不思議と好ましく感じた。
「ミスラさんはお部屋に戻らないんですか」
「戻っても眠れないので」
「私、明日は朝から訓練なので夜更かしできませんよ」
 ルチルがカードをがさっと中央に集めて一つの束に戻していく。
「呼んだのはあなたじゃないですか」
 ミスラの部屋のドアをノックする者は限られている。賢者か、そうでなければルチルかミチルであることが多い。その上この兄弟の用件といえば、部屋でカードゲームをするから来いだの、美味しいお茶を入れたからお裾分けだのと、くだらないものばかりだ。今日も「四人の方が盛り上がるから」とルチルの部屋で行われていたカードゲームに呼ばれてわざわざ付き合ってやったのだ。
 ミチルとリケは就寝の時間になると部屋を去っていった。ミスラだけがこうしてルチルの部屋に居座っている。
「拗ねないで」
 ルチルの言葉にミスラは渋面を作った。
「拗ねてません」
「じゃあまた何かお話をしてくださいよ。前にしてくれたじゃないですか」
 寝物語を語ったこともあったかもしれない。夜は退屈だから、この身に馴染まないことだっていくらでもできる。
「あなた途中で寝るでしょう?」
「だってもう夜遅いじゃないですか」
 ルチルは悪びれなかった。何がおかしいのか小さく笑っている。
 彼は多分最後まで話を聞いていないし、なんならミスラの話なんて覚えていないのかもしれない。ミスラ自身も何を話したか覚えていないからお互い様だが。
「あなたが話をしてください」
「えー。私絶対途中で寝ますよ」
「いいです。俺が話して寝られるよりも……マシな気がするので」
 ミスラはベッドの上のブランケットをめくるとルチルをそこに押し込めた。そしてベッドの縁に腰掛ける。
「どうしようかな……ああ、これにしよう。むかしむかし──」
 ルチルは眠りにつく前の子供にするみたいに御伽話を始める。真っ暗な中でルチルの声が響く。村で暮らしていた少女が病気の母親のために森へ薬草を取りに行く話だ。
「なんだかこれってあべこべですね」
 途中でふっと我に返ったようにルチルが言う。
「悪くないですよ。──続けて」
 ミスラは部屋の明かりを消した。そして、ルチルの声は不明瞭なものになり、いつしか寝息へと変わっていった。
 森でうさぎと出会った少女がどうなったのかはわからないままだ。
 御伽話というものはいつも気まぐれに始まって気まぐれに終わる。
 ミスラにとってはそういうものだ。