開け放った窓から入り込む夜風が涼しくて思わず欠伸がでた。8月に入って急に暑くなったが、まだ夜の気温には手心がある。これから夜すらも蒸し暑くなっていくことを思ってげんなりしつつ、矢後はスイカを口に運んだ。指先から溢れる果汁はそのまま窓の外へと落ちていく。
「あんなに寝ていたのにまた欠伸か」
呆れた調子の声は否応なく矢後の神経を逆撫でする。
「ああ?」
頼城は窓際の椅子に腰を下ろした。矢後は窓枠に腰を下ろしているから見下す格好だ。それだけで少しだけ溜飲が下がった。
「てめえが寝てるところを邪魔したんだろうが」
「起こさないと日付が変わるまで寝てるだろう」
突然部屋のドアをぶち破って起こされたと思ったら食堂に引っ張り出された。食堂にはこの季節は滅多にお目にかかれないカレーまんと、この季節どんなスーパーにも置いてあるスイカが並んでいた。
誕生日祝いということだった。
矢後はさして誕生日に思い入れはない。偶然昼間に会った指揮官から「今日誕生日でしょう」と声をかけられて思い出したくらいのものだ。
「誕生日だって言うなら寝かしておけよ」
「そういうわけにはいかない」
頼城の目が楽しげに揺れている。矢後とは対照的に頼城はこういったイベントごとを好む。
「誕生日苦手なんだよ」
「苦手?」
頼城に細かく説明する気はなかった。その言葉を聞いて「ふむ」と頷いた。
「誕生日が苦手というのはよくあることなのかもしれないな。柊も俺が誕生日を祝おうとすると逃げる」
「いや、それは……」
それは誕生日というよりも頼城の祝い方のせいだろう。他のヒーローたちを巻き込んで人の部屋のドアを平気で壊す男だ。
「それよりそろそろだぞ」
頼城が立ち上がって窓の外を見る。つられて空を見上げると光が弾けた。
「何だこれ……」
「風雲児高校の生徒たちからお前の誕生日を祝いたいと相談されてな。花火職人を手配した」
「はあ……」
空に浮かぶ花火の柄は控えめに言っても物騒なセンスの塊だった。それでも頼城は花火を愛でるように眺めていた。
「苦手な理由はこれでいーよ」
こういう祝い方をしてくる男が側にいるから誕生日は苦手だ。そういうことにしておこう。
花火が全て打ち上がると再び外は静かになった。
「寝直すわ」
スイカでべとついた指先を舐めて、窓枠から下りた。花火が終わって、食堂にいた面々も片付け始めている。
「矢後」
「今度はなんだよ」
「誕生日おめでとう」
なんのひねりもない言葉に面食らって、一拍おいて答える。
「おう」