まったくなんでこんなことになっているのか。
「シャイロックのところに懇意にしているというワインセラーから招待状が届いた」
オズはぽつりと言葉を発する。
「今年収穫した葡萄でできた新酒が振る舞われるというので私やフィガロも誘われた」
それがつい数週間ほど前の話。バーでオズとフィガロが飲んでいるとシャイロックから西の国で行われる新酒祭りのことを聞いたのだという。
「そこにカインもいて、『自分だってもう大人なんだから』と主張するので連れていった」
「それでこれ?」
オズはオーエンの問いに無言の頷きで答える。
「オズぅ……! じゃなくて? オーエン? オーエンみたいなオズ?」
「僕とオズを間違えるなよ! ひとつも似てないだろ!」
オーエンは自分に抱きついてくるカインを必死に引き剥がした。
簡単に言ってしまえばカインはかなり酔っ払っている。普段から陽気に酒を飲む男だが、今日はいささか飲みすぎて、陽気を通り越して絡み酒だ。
「ちゃんと止めろよ! 先生なんだろ!!」
「私は何度も止めた」
魔法舎に帰ってきたオズとカインに偶然出くわしたオーエンは、なんの恨みがあるのかオズに呼び止められて何故かカインを押し付けられている。
「それでシャイロックとフィガロは?」
「向こうでまだ飲みたい酒があるとか」
昼間から飲んでいるのにまだ飲み足りないらしい。夜は魔法が使えなくなるオズと完全に出来上がっているカインだけ先に帰したようだった。まるで大人の時間はこれからだとでも言わんばかりの態度である。
「それでなんで僕に……」
と、オーエンが不平を言う間もなくオズは姿を消した。カインをオーエンに押し付けると、魔法も使わず足早に。
「最悪……」
オーエンはそう呟いて自分に押し付けられたカインの体を自分から引きはがす。むわっとアルコールの臭気が漂うのに顔を顰めた。
「オーエン〜」
このまま玄関先に置き去りにしたっていいはずなのに、カインが足をふらつかせたまま慕うように手を伸ばしてくるのが拒みきれず、オーエンは溜息をひとつついた。この愚かな魔法使いを部屋まで送ってやるだけ。返しきれないほどの大きな貸しを作ってやるだけ、と頭の中で言い訳してカインの肩を乱暴に掴んだ。
「ほら、行くよ」
カインの頭がオーエンの首筋に傾けられる。髪から甘いような香りがして少しだけ胸が跳ねた。
「楽しかったみたいだね」
階段を一段ずつゆっくりとあがりながらオーエンは嫌味のつもりで口にした。
「楽しかった!」
それなのにカインはオーエンの方を見ると満面の笑顔で答えるのだから甲斐がない。
完全に出来上がったカインの顔は、いつもよりも幼なげに見える。普段飲酒しているときはあれでも自制しているのだろう。そんなのはまるで子供が背伸びをしているみたいだなどと思うとオーエンは思わず苦笑してしまった。それから質問を重ねる。今度は嫌味というよりは揶揄うみたいに。
「大人と一緒に飲んで調子に乗った?」
「俺も大人だけど…?」
「その調子でよく言えるね」
階段の踊り場でどたどたと不器用なステップを踏みながら体を半回転させる。
「こんなのは赤ちゃんだよ、もう……って寝ないで!」
腕を引っ張ってなんとか部屋に連れて行く。ベッドの上にカインを転がして、オーエン自身もベッドの上に腰を下ろした。
「こんなの騎士様らしくないよ」
悪口のつもりで、耳元で囁くと案外殊勝な声が帰ってきた。
「うん……。やっぱりそうだよな」
ふにゃふにゃとカインは何かを言った。まとめると、シャイロックとフィガロがたまには息抜きしたらと唆したらしい。
「確かにシャイロックもフィガロも、それにオズもずっと年上だしさ。年下の奴らもいないからちょっと羽目を外そうかなって」
「それでこのざま?」
「ごめん」
しゅんとした声にほんの少しだけオーエンの溜飲が下った。まあこうやって反省して泣きそうな顔をしているならいい。正直ちょっと子供っぽい笑顔もしゅんと少し反省している姿も、可愛げがあってたまにはいいものだ。
「別に。僕から見たってきみはずうっと年下だしね」
オーエンはカインの額にちゅっとキスをした。
「おやすみ」
子供にするようにカインの──明日からは多分大人の顔をする彼の頭をそっと撫でた。