悪いことをしよう

 くだらないと言われたらそれまでだが、新作のスイーツだったのだ。それもSNSで話題になった途端に品薄になり、オーエンもようやく通勤経路を外れたコンビニで見つけたのだ。カインはそれを気軽な調子で「俺にも一個くれよ」と言って、オーエンの返事も聞かずに食べたのだ。
「信じられない」
「謝ったじゃないか。俺もコンビニでまた探してみるしさ」
「そういう問題じゃない」
 それからオーエンはカインとほとんど口を利いていなかった。実に三日も。

 カインの家にオーエンが住み着く形で同棲が始まってもう一年になる。生活リズムや食生活が全く合わない二人だから、ここまで同棲生活が続くとはオーエン自身も思っていなかった。嫌になったら出て行けばいいのだと、そう思って一年が経っていた。
 些細な喧嘩はいくらでもした。でも、大抵オーエンが怒ることに飽きて、いつものようにカインに話しかける。カインも屈託なく応じるので、いつの間にか元通りだ。そう、だから仲直りなんてしたことがなかった。
 ここまで拗れたのは運悪くカインが喧嘩の翌日から一泊二日の出張だったせいだ。元々朝はオーエンの方が遅いから、平日の朝は顔を合わせないことも多い。その上出張でほぼ丸二日ぶりに会ったらなんと声をかけたらいいのかわからなくなってしまったのだ。
「明日も早いから寝る」
 カインはそう言って先に寝てしまい、朝もオーエンが起きるよりも早く出勤していった。
「そろそろ潮時なのかな」
 こんなくだらない喧嘩で終わるとは思わなかった。でも、案外別れるときはそんなものなのかもしれない。
 一緒に暮らしてさえいなければ、もう少しこの関係は続いていただろうか。そんな未練じみた想いがオーエンの中に去来する。付き合い始めたときは、いつ終わったっていいとさえ思っていたのに。

 カインが帰ってきたのは二十二時を回ってからだった。
「ただいま」
「おかえり」
 いつもなら続く言葉が出てこない。困ったようなオーエンに向かってカインは手に持っていたコンビニのビニール袋を掲げると、にやっといたずらっ子のように笑った。
「悪いことをしよう」
「は?」
 カインはテーブルの上にビニール袋に入っていたものを並べる。オーエンが好きな菓子類の他にホットスナックまである。そして、あの喧嘩の発端になった品薄のスイーツまで。アイスだけは冷凍庫に収めるとカインは宣言した。
「今週は出張も残業もあったし……。とんでもなく疲れたから悪いことをしていいことにする」
「悪いことって……?」
「深夜のおやつ。オーエンも付き合ってくれないか」
 カインはフライドチキンに手を伸ばした。オーエンはカインの向かいに座る。いつもは深夜に甘いものを食べていると「ほどほどにな」と口を尖らせるカインが、今日はオーエンを誘っている。
「きみも堕落したね」
「今夜だけな」
「どうかな? 一回深夜のおやつの味を知ると戻れないかもよ」
 オーエンはとびきり甘いチョコレートの封を切る。カインが買ってきたのはどれもオーエン好みの菓子だ。わざわざ教えたことはなかったはずなのに。
「美味しい」
「ああ。深夜に食べるととびきり美味いな」
 深夜に食べているからじゃない。愛する恋人が目の前にいるから。彼がオーエンのことを思って買ってきたお菓子だから美味しいのだ――とは言ってやらない。
 気がつけばいつものようにくだらないお喋りができる。自分たちはまだ終わらないらしい。
「良かった」
 一緒に暮らしていて良かった。そうでなければ、こんな風に仲直りはできなかったから。