真夜中に目を覚ます

 眠れないというよりは眠りたくない夜だった。
 浅い眠りから真夜中に目を覚まして、オーエンはそっとベッドから抜け出した。〈大いなる厄災〉は細い三日月形を真夜中に浮かべている。
 オーエンはカインの自室に忍び込むことにした。厳重な結界を敷いている魔法使いの部屋と違って、彼の部屋に忍び込むのは容易い。なんなら彼は普段自室にいるときは──眠っているときも、鍵を掛けてさえいなかった。そのことを自分たちへの信頼だと思っているようなやつなのだ。一度、酷い目に遭えばいいのに。
 そっとカインの部屋に忍び込むと、彼はベッドの上で寝息を立てていた。ブランケットは彼の腹のあたりでぐちゃぐちゃになっていて、手足がそこから伸びている。音を立てずにオーエンはベッドに近づいた。魔法で気配を消して近づけば、カインも気づくことはない。たっぷり一分ほどオーエンはカインの寝顔をじっと見て、それから指先を彼の顔に伸ばした。触れれば流石にカインも気づくことだろう。三秒迷ってから、彼の鼻を人差し指と親指で摘んだ。
「……!」
 カインの反応は明敏だった。パチッと瞼を上げると体を起こした。彼の瞳が退屈そうにしていたオーエンの顔を射抜いた。
「なんだ、オーエンか」
「なんだってなんだよ」
「こんな夜中になんの用なんだ」
「用なんてない。ただ、おまえの眠りを邪魔しにきただけ」
 オーエンが告げるとカインは頰を引き攣らせた。
「明日早いんだよ。寝かせてくれ」
「やだ」
 カインの顔には面倒臭いという苛立ちが描かれていた。オーエンはこの顔が好きだ。ちゃんと自分の行いが響いていると感じるから。
「眠れないのか?」
「そうじゃない。眠りたくないんだよ」
「俺の知ったことじゃないな……」
 カインはオーエンの腕を強く引いて、自分のベッドに寝かせる。
「ほら、横になってれば眠くなる……」
「眠いのはおまえだろ」
 カインは答えなかった。
「ねえ、真夜中に目を覚ますと自分だけ生きてるみたいじゃない」
 起きているとわかっていたからオーエンはそんなことを言ってみた。
「俺は今おまえに起こされてるんだが」
「知ってる」
 別に後数時間もすれば日が昇ってみな起きてくるだろう。だからこれはあくまでも──。
「ただの僕の嫌がらせ」
 カインは寝返りを打つとむすっとした顔をオーエンに向けた。
 最悪だろう。でもそうでなければいけない。
 都合の悪い生き物だって思い知らせてあげなくちゃ。
「死んでほしい?」
「生きていてほしい」
 問いかけの回答は眠そうで、そのくせ即答だった。

 真夜中に目を覚ます。