その日、カインの部屋は多種多様な紙や小物で埋め尽くされていた。
「何してるの?」
「大掃除」
カインは憮然とした調子で言う。彼は床に置かれたものを拾い上げては分別している。残すものと、捨てるものに。
足の踏み場もない部屋の中で、オーエンは仕方なしに聖域になったベッドの上に座っている。もっとも、ベッドの上もいくらかカインの私物に侵食されているわけだが。
カインの部屋が面白いことになっていると告げにきたのは、最近魔法舎の中庭を飛行コースにしている小鳥だった。いつもはくだらないおしゃべりをしていく小鳥をオーエンは鬱陶しがっていたのだが、今回ばかりは興味を惹かれた。
「ふーん」
相槌こそ無関心を装ったが、恋人の部屋に変事があったとあれば、気になるところだ。そのままカインの部屋を訪れると「今はちょっと……」という言葉を無視して部屋に押し入った。
そうしてオーエンの目の前に現れたのがこの惨事である。
「騎士団長の任を解かれたあと、当然官舎から出ていくことになって、こう……荷物をぎゅっとしたわけだ。魔法で」
「それで?」
「そのままになっていたのをいい加減片付けないとなーと思って戻したら……」
「戻したら?」
「この有様で」
オーエンが小馬鹿にしたように笑うと、カインはぶすっとした子供っぽい顔で言い募る。
「こうなった原因はオーエンじゃないか」
「僕がおまえを襲って魔法を使うことになったから? それで、騎士様が魔法使いなのに、人間たちを騙してたって言われてクビになったから?」
「……悪い。文句を言う相手はおまえじゃなかった」
きっかけがオーエンであることは間違いないけれど、カインが騎士団を辞めることになったのは彼と関わりのないことだ。魔法使いである彼がこの国のルールを変えるだけの信頼を勝ち得なかったというだけの話。
官舎とはいえ騎士団長だったカインにはそれなりの広さが与えられていた。つまり、実家から持ってきたもの、王都で暮らす数年のうちに溜め込んだものを、その辺に置いておいてもさほど気にしていなかった。それを慌ててまとめて魔法舎に持ってきた。改めて広げて見ると、もう少し日頃から整理整頓しておくべきだったとカインは思わないでもない。
「それは?」
「騎士団で初めて役職をもらったときの辞令書だ。懐かしいな」
そう言ってカインはベッドの上の「残すもの置き場」にそれを置いた。
「捨てろよ。クビになったんだろ」
「いや、でも思い出もあるし……」
「その汚い瓶は?」
「あー! これ子供の頃に友達と川で集めた綺麗な石だ。懐かしい……こんなところにあったんだな」
「……そのコインは?」
「これは覚えてる。騎士団の仲間と飲みに行った時に十回連続で表が出た縁起のいいコインだ」
「へえ。投げてみてよ」
「いいよ。──よっ。あ、裏」
「捨てろ」
始終こんな調子である。ほとんどのものは残すもの置き場に寄せられ、捨てられることになったのは、カイン自身もなんで取っておいたのかわからないものばかりだった。
「どうせまたぎゅっとして放置しておくんだろ」
「それは……でも大事な思い出だしなあ」
カインは街の子供からもらったという手紙を愛おしげに眺めてそう言った。
オーエンからしてみれば他愛のない記憶やそれに紐づく物品を手元に置いておこうとする行為は、人間や若い魔法使い特有のものに思える。百年、五百年、一千年。生きていく中で細やかな思い出は薄れて、消えていく。
たとえ思い出す鍵になるものが手元にあったとしても忘れてしまえるくらいに、魔法使いは長い時間を生きることができる生き物だった。
「ものばっかり残ってても虚しくなるよ」
オーエンはカインのベッドの上で行儀悪く寝転んだ。背中には仕舞い込まれていたカインの荷物の中から発掘されたクッションがある。もちもちとした手触りのそれは、まあ実用的だと認めてやらなくもない。
「忘れるまでは大事にするさ」
手紙を残すものに仕分けて、それからカインもベッドに腰を下ろした。彼の瞳がオーエンに向く。
どうせいつかは忘れるものだ。けれども、カインなら百年後も二百年後も、このガラクタをしまい込んでいるのかもしれない。
忘れたのならその時こそオーエンは、彼の思い出を暖炉のなかに放りこんでやったっていい。それは胸のすくことだ。でも、その期待を裏切られることへの興味もある。そうなったときに自分が嬉しいのか不満なのかはオーエン自身にもわからない。
「僕の目も忘れるまでは大事にして」
毒を流し込むようにオーエンは告げる。カインの反応はオーエンが想像した通りだった。彼は不意に殴られたように顔を歪めて、それから彼にしては珍しく冷たい声色で言い放った。
「忘れられるわけがない」
オーエンは満足げに笑う。
カインに与えた左目と苦い記憶は、彼の「残すもの置き場」の中に仕分けられたままだ。