だらだらお正月

だらだらお正月〜ことの始まり

 ことの始まりは年の瀬まで二週間に迫った頃、魔法舎の談話室に集まっていた魔法使いたちと賢者が新年の過ごし方について話していた時のことだった。
「中央の国でも新年を祝う行事はあるが、賢者様の話を聞くと賢者様のいた世界の方が新年は楽しそうだな」
「そうですね。おせち料理っていう特別な料理を食べたり、家族や友人と初詣に行ったり。あ、初詣というのは新年の最初に神社──こちらだと神殿っていうんでしょうか……? 神様に一年の幸福をお祈りしに行くんです。俺は家のこたつでだらだらしながらテレビを見ているのも好きだったなあ」
 賢者の声にはいつも以上に故郷を愛おしむ色があったので、横に座っていたカインはばんと賢者の背中を叩いた。
「今年はここで元の世界と同じくらい楽しいお正月ってやつをやろうぜ。ネロも張り切ってたし」
「はい。カインや皆さんがこうやって一緒にお正月の準備をしてくれているので待ち遠しいですね」
「私も賢者様と過ごすお正月を楽しみにしています。教えていただいた年賀状も書いてるんですよ。一年の初めに大切な人にお手紙をするなんて、とても素敵な風習ですね」
 向かいに座っているルチルはそう言って笑った。
「俺の世界の行事をそうやって楽しんでもらえると嬉しいです。ルチルの年賀状、楽しみにしてます」
 ネロは各国ごとのおせち料理を作ろうと最近はキッチンで試作を繰り返している。シャイロックはとっておきのお酒を用意しなくてはとわざわざ西の国に買い付けに行ってくれた。そして何より───。
「こたつがあるなんて最高……!」
 賢者は愛しげに談話室に設置されたこたつを撫でた。鮮やかなパッチワークのこたつ布団に木製の天板が載ったそれはまさしくこたつだった。
「よかったー! 賢者様に気に入ってもらえてとっても嬉しい。ね?」
「うん。まだ試作の段階なので、熱すぎたりぬるかったりしたら教えてくださいね」
 こたつに入る賢者とカインとルチルの三人を見守っていたクロエとヒースクリフが歓声を上げる。賢者からこたつという冬の風物詩の話を聞いたクロエとヒースクリフが試しにこたつを作ってみてくれたのだ。クロエがこたつ布団を縫い上げ、ヒースが魔法を使ってこたつの中を温める仕組みを作った。
「暖かくて出たくなくなっちゃう。クロエもヒースもありがとう」
「確かに一度入ると立つ気が起きなくなるな……」
 ルチルとカインも初めて入ったこたつを満喫している。
「そうなんですよ。こたつに入っておせちを摘みつつだらだらと過ごす……。これぞ日本の正月」
 賢者が感激して天板に頬を寄せていると背後から冷水をぶっかけるような声が聞こえた。
「そんなにだらだらしてると体がなまって動けなくなっちゃったりして。あーあ。これで賢者様を堕落させようなんてヒースクリフもクロエも悪い魔法使いなんだ」
 意地の悪い笑みを浮かべて賢者の背後に忍び寄ってきたのはオーエンだった。「そんなつもり……」とクロエが言葉を挟むよりも先に賢者は背後のオーエンを見据えると真顔で答えた。
「お正月といえば堕落する日ですよ……?」
「新年の初めからそんなに腑抜けるなんて笑える」
「前から思ってたんですけど、オーエンって真面目ですよね」
「は?」
 賢者はムッとした顔で続ける。
「食生活はちょっと偏ってますけど、朝ちゃんと起きてきて、夜遅くなると部屋に戻るっていう規則正しい生活をしてますし。あと必ず俺に一日一回は嫌な事言うじゃないですか。普通一週間に一回くらいめんどくさい……ってなりません!?」
「あ、わかりますー! オーエンさんって『絶対に絶対に毎日悪いことしてやるぞ』みたいな固い意志がありますよね。あまり皆さんを傷つけるようなことはしてほしくないんですけど、毎日何かを継続するというのはすごい心掛けだなって思ってます」
 ルチルもキラキラと目を輝かせて賛同した。
「別に僕はそういうつもりじゃないし、勝手に変な設定つけないでくれる!?」
「なので、オーエンが真面目なのはわかっているんですが、それでもお正月だけは俺も譲れません。お正月はだらだらする日。オーエンが言う通りそれは堕落かもしれないですけど、それでもだらだらする日が一年に一度は絶対に必要なんです。俺はオーエンにも一度はそれを味わってもらいたいと思います」
「は? 嫌だよ」
「絶対にお正月はだらだらしてもらいます! カイン、よろしくお願いしますね」
「え、なんで俺?」
「カインには判定役として、オーエンがだらだらしてないなって思ったらだらだらさせる役をお願いします」
「楽しそう」
「楽しいのかそれ……? 別にいいけど」
 乗り気のルチルに対してカインは困惑を浮かべている。それでも深く考えずに引き受けるのが彼らしい。
「僕は全然良くないんだけど」
「話は聞いたぞ賢者ちゃん」
「そういう事なら我らにおまかせじゃ」
 談話室に姿を現した双子を見て、オーエンは苦い果物を口に入れたような顔になる。
「また面倒なのが……」
「たまにはのんびり過ごすのも良いじゃろ」
「そうじゃそうじゃ。お正月くらい悪いことを考えずに過ごすのが良かろう」
 どう考えてもそれはオーエンにとって最悪の新年の幕開けになりそうだった。

だらだらお正月〜カウントダウン

「あけましておめでとうございます」
 時計の針が零時を刻んだ。賢者の世界の挨拶は不思議な響きだった。オーエンにしてみれば暦が変わったくらいで、何がおめでたいのかも嬉しいのかもわからない。長く生きている魔法使いは内心同じように思っているだろうに、双子やフィガロが楽しそうにグラスを掲げているのが白々しくてたまらない。
 オーエンは三人掛けのソファに座って抱えたボウルに入っている栗きんとんをスプーンですくって食べた。この甘い黄色いべちゃべちゃしたやつは悪くない。気に入ったと言ったらネロがボウルいっぱいに作ってくれたものだ。
「あけおめ。オーエン」
 目の前にカインがいた。ワインの入ったグラスを持っている。
「隣いいか?」
「何? 騎士様の監視?」
「そういうわけじゃなくて……っていうか監視なら『それ』がいるだろ?」
 オーエンは自分の肩に乗った子犬────正確には子犬を模したぬいぐるみを睨んだ。ふさふさとした長い赤毛にくりくりとした金色の瞳をしている。大人しく肩に乗っているし魔法で作られたものだから特段重さも感じない。鬱陶しいのはこのぬいぐるみが双子の作った「だらだら判定器」であるという事だった。
 カインはオーエンの隣に座るとワインを一口飲んでオーエンの肩に乗った子犬の頭を撫でた。子犬は目を細めて尻尾を振った。
「こいつ可愛いな」
「僕のケルベロスの方が可愛い」
 オーエンは不機嫌な顔で唇を尖らせた。行儀悪く足をソファの肘掛けの上に投げ出すと、背中をカインの肩に預ける。新年を祝う魔法使いたちの喧騒はここにいると少し遠くなる。
 一番賑やかなのは西の魔法使いたちで、ラスティカの奏でるチェンバロに合わせて踊っている。シャイロックが用意したとっておきだというワインを片手に楽しげだった。南の魔法使いたちも音楽に合わせて肩を揺らしながら賢者と語らっている。
「それ、美味しい?」
 オーエンがカインのグラスに目を向ける。
「お前の分ももらってこようか?」
 そう言って立ちあがろうとしたカインを押しとどめ、その肩を掴む。オーエンはカインの方に顔を寄せて、その唇を舐めた。それから舌先を押し込んで口の奥にも舌を這わせる。
「苦い……」
「……その栗きんとんよりは苦いだろうな」
 カインは突然の事に深く息を吐くと努めて落ち着いた声で答えた。
「誰も見てないよ。馬鹿騒ぎの最中」
 オーエンはつまらなさそうに吐き捨てると、再びカインに背中を預けて体を丸めた。カインは仕方がないなと苦笑を浮かべた。
「眠い」
「寝ていていいよ」
 カインは子犬を撫でるのと同じ手つきでオーエンの顔にかかる前髪を払ってやった。肩の上の子犬は毛繕いをしながら「だらだら?だらだら?」と首を傾げている。うるさいとオーエンは顔を顰めた。
 しばらくすると年越しのパーティーは少しずつ解散のムードが漂ってきた。普段遅くまで起きることの少ない年少の魔法使いたちは眠そうだったし、逆に宵っ張りの魔法使いたちはシャイロックのバーでもう一杯やろうなどと話している。
「あー……オーエンって寝てる?」
 カインに話しかけてきたのはネロだった。
「そのボウル、空なら片付けたくてさ」
「ああ。そろそろ起こした方がいいかな」
「起きてる」
 オーエンははっきりとした声で答えると目を開けた。
「起きてたのか」
「こんなところで寝るわけないでしょ。騎士様はともかくオズもミスラもブラッドリーもいる」
 オーエンは空っぽのボウルをネロに差し出した。
「はい」
「マジで全部無くなってる……」
「美味しかったよ」
「それはどうも」
 オーエンは体を起こすとぐっと伸びをした。立ち上がると肩に乗った子犬が「だらだら?」と声をかけた。
「もう部屋で寝るんだよ」
 オーエンはそう言って子犬を黙らせた。
「おやすみ。騎士様」
 カインは何か言おうという顔をしていた。けれど、オーエンが踵を返したので結局一言だけ告げた。
「おやすみ」

だらだらお正月〜元旦

 オーエンは朝起きると食堂に顔を出した。昨日食べた栗きんとんはなかなか良かったし、他にも甘いものをネロが用意していると賢者から聞いていた。食べないわけがない。
 昨日双子から物言いがあったので、いつもよりもラフな練習着姿だ。これ以上文句を言われてはたまらない。
「おはよう」
 多分自分より遅く部屋に戻ったはずのネロはいつもと変わらず朝食の時間にはキッチンに立っていた。
「思ったんだけど、僕よりネロをだらだらさせた方が良くない?」
「そりゃあ……あれだろ。俺が忙しくしてても飯が出来上がるくらいだし……」
「それって僕が忙しくしてると不都合ってこと」
「いや……」
 ネロが口籠もっていると助け舟のようにシノとヒースクリフが食堂に入ってきた。
「お餅焼く準備できたよ」
「おう。そこに調味料まとめておいたから運んでもらえるか?」
「お餅?」
 オーエンが首を傾げるとシノは不敵に笑った。
「スタ米を炊いて潰したやつ。食いごたえがある」
「賢者様は砂糖かけて食うのも美味いってさ。オーエンも餅食べて来たらどうだ」
「食べる」
 ネロに促され、ヒースクリフとシノと共に談話室に向かった。相変わらず場違いなこたつが二つ並んでいる。試作機と一号機。一号機の方にちょこんと火鉢が置いてあり、網の上で白いものが焼かれていた。こたつに入りながら賢者とミチルとリケが様子を窺いながらひっくり返している。
「おはようございます。だらだらしてますか?」
「それはもう……。こいつのせいで」
 オーエンは肩の上にいる子犬の頬を突いた。こたつは賢者の向かいが空いていたので中に入ってみる。ぬくぬくとした暖気が体を包み込んで変な感じだった。
「これもう焼けてますよ」
 ミチルは焼けたお餅を皿に取っていく。オーエンの前にも餅の乗った皿が差し出された。
「オーエンは甘いのがいいですよね?」
 そう言って賢者は砂糖の入った瓶から皿の上に砂糖を落とす。皿が真っ白になるくらいたっぷりだ。
「お餅を半分に割って、お砂糖をつけながら食べると美味しいですよ」
 言われた通りにすると、弾力のある餅とじゃりじゃりとした砂糖とが口の中で混ざり合った。
「美味しい」
「よかった」
 そうしているうちに他の魔法使いたちも談話室に集まってきた。火鉢の上いっぱいに餅を並べてもどんどんなくなっていく。
「うま」
 オーエンの横でカインが三種類のソースをまとめてかけて食べている。シノが一番これが美味い食べ方だと豪語していたやつだ。
「オーエン、餅もう一個」
「はいはい」
 こたつから手だけ這い出して餅を取って皿に乗せる。これ働いてるカウントにならないんだと子犬を見やれば、うーんと小首を傾げている。使えないやつめ。
 オーエンは皿に残った砂糖を摘んで口に放り込む。よく考えると砂糖だけ食べるのが一番甘くて美味しい。

 昼過ぎになって昨晩遅くまで飲んでいた魔法使いたちも姿を見せると、談話室はいよいよ賑やかになった。中庭からも声が聞こえる。どうやらタコを空中に浮かばせているらしい。うねうねした生き物を浮遊させて何が楽しいのだろうかとオーエンは首を捻った。
「これであがりだな」
 ブラッドリーがカードを捨てるのを見て、オーエンはちっと舌打ちをする。こたつの上ではカードゲームが行われていた。有名な遊びで、ルールはみんな知っている。カードを決まったルールに沿って出していき、一番最初に手札を全部捨てたものがポイントを得るというゲームだ。
 最初はこたつに入っていたオーエンと賢者、ミチル、リケの四人で遊んでいた。しかし、中庭で凧揚げをするからと、賢者の代わりにカインが、リケの代わりはカインが無理やり引っ張ってきたオズが、そしてミチルの代打ちでブラッドリーが参戦してから本気のゲームになりつつあった。
 点数計算用のコインをブラッドリーが自分の方に寄せる。駆け引きのあるゲームはダントツでブラッドリーが上手い。ミチルは最下位だったが、ブラッドリーに交代してからは点数を重ねている。
「あと何ゲームあるんだっけ」
「残り三ゲームだな」
 元々首位に立っていたオーエンにわずかの差でブラッドリーが迫っている。カインも堅実に勝ちを重ねていて、ここの三人は残りのゲーム展開次第で誰がトップに立ってもおかしくない。オズは点数こそ離されていたが、淡々とカードを重ねている。
 残り三ゲーム。配られたオーエンの手札はまあまあだったが、最終的には一手及ばず次のゲームはカインが取った。
 次のゲームは完全に手札が悪かった。最下位は逃れたものの、とうとうブラッドリーに現時点での首位を取られてしまった。ラストゲームのカードが配られる。ちらっと中身を見るとそれほど悪くはない。
「やっぱ賭けないとつまんねえな。スリルがねえ」
 ブラッドリーがそう言って強気なカードを出す。今ここでこのカードを切ることができるということは────とオーエンはブラッドリーの持っているカードを推測する。
「パス」
 ここで乗るわけにはいかない。オズも首を振った。真っ向勝負に出たのはカインだった。カードを二枚切る。ブラッドリーが天を仰いだ。
「これであがり」
 カインが出したカードでゲームが終わった。最後の最後で接戦を制したのはカインで、二人に抜かれたオーエンは面白くないとカードを捨てた。ゲームが終わるとブラッドリーとオズは用事が済んだとばかりにこたつを立った。
「賢者様たちはいいカモだったのに」
 ふて腐れたようにオーエンはこたつの天板に突っ伏した。天板にも下からの熱が伝わっているのか微かにぬくい。そのぬるさのせいか自然と瞼が落ちた。眠気を振り切るように、二度瞬きをする。
「こたつで寝ると風邪を引くって聞いたけど」
 カインの言葉にオーエンは首を振った。
「でも動きたくない」
「わかる」
 カインが同意して、それから隣で欠伸をした。
「オーエンに勝てると思わなかった」
「僕は負けると思わなかったよ」
 うとうとと、意識が朧げになっていく。どんなに眠くてもこんなふうに無防備な姿で寝たりなんかしない。自分よりも強いやつの前で弱みなんか見せたりしない。
「寝ていていいよ」
 昨晩と同じ言葉がかけられる。それから、昨日言えなかったことをカインは告げた。
「眠ってるうちに世界は変わらない。大丈夫」
「本当に?」
 無視すればよかった。問い返すつもりはなかったのに、自然とオーエンの口を突いて出た。いつだって眠っている間に何かが変わってしまう。その不安を口にしたことは今までないはずだった。
「変わらないように見張っているから。何かが起きる時は、俺がお前の目を覚ましてやるから」
 オーエンは人に馴れることのない獣のようだった。北の国で生きるには力が必要だ。奪う力、ねじ伏せる力。抜け目なく、生き抜く術を知っているから彼は強いのだ。カインはその冷たい強靭さに惹かれる一方で寂しくなる。それは、群れずに生きていく生き物の強さだからだ。
 賢者は魔法舎を居心地の良い空間にしたいと言っていた。本当のところは賢者の魔法使いだって互いに百パーセントの信頼があるわけじゃない。親愛や信頼だけでない感情もある。それでもカインにとってここは十分居心地の良い居場所だった。オーエンにとっても僅かでいいから、そんな場所であればいいと思っていた。
 カインはオーエンの手に自分の手を重ねた。オーエンの手は冷たい。
「おやすみ」

 まさか海の生き物の方の「タコ」が空に浮かんでいるところを見るとは思わなかった。異文化交流って難しいなと思いながら賢者は魔法舎の中へと戻ってきた。魔法のお陰で魔法舎の中は適温に保たれている。冷えた頬が温まるとほっとした。
「ルチルが作ってくれた福笑いもやりたいです」
 リケがそう言って賢者の手を引く。日本風のお正月は概ね魔法使いたちにも好評なようだった。
 談話室に入ると賢者はこたつに入っているカインとオーエンが目に止まった。彼が声をかけようとするとカインは「しー」っと人差し指を口元にかざした。
 オーエンの肩の上では双子が作った子犬がうとうとと寝息を立てている。
「オーエンが居眠りしてるところ、新鮮ですね」
 賢者は小声で囁いた。
「ようやくだらだらしたところなんだ」
 それを聞いて賢者は満足げに笑った。