「あんたの世界のサンタってやつに俺もなりたいんだ」
「はい?」
魔法舎で行われていたクリスマスパーティーの最中、カインは賢者に秘密を打ち明けた。パーティーも盛り上がっていて、室内は陽気な音楽や楽しげな笑い声に満ちていた。
「ほら、前にオズやフィガロが話してただろ?」
「ああ! ミチルやリケの枕元にこっそりプレゼントを置こうって話していたやつですか?」
いつだったか賢者はクリスマスという彼女の世界の行事について魔法使いたちに話して聞かせたことがある。サンタクロースという良い子の枕元にプレゼントを届ける存在を聞いて、フィガロは悪戯っぽく瞳を煌めかせた。彼はオズを巻き込んでサンタクロースをやるつもりらしい。というのを、カインは二人がシャイロックのバーでこっそりと作戦を立てているところに遭遇して知った。
「カインがプレゼントを届けたい相手ってもしかしてオーエンですか?」
賢者の問いを聞いて、カインはビクッと動きを止めると、わかりやすく顔を赤くした。
「……そんなにわかりやすいか?」
カインは自分の頬に手を当てて賢者に問い返した。
「ははは……。リケやミチルが相手ならオズやフィガロと一緒にやろうとする方がカインらしいですから。一人で何かしようと考えてるってことはオーエンかなって」
もっと言えば、カインがこんな風に内緒話をするということは、彼自身も贈り物をするのにどこか気恥ずかしさを覚えている相手なのだ。屈託なく真っ直ぐに好意や親切を向けるカインにしては珍しく。
「オーエンってさ……あんまり贈り物に慣れてない感じがするんだよな。あいつは自分で欲しいものは奪ってでも手に入れるって言うけど、贈り物って単に欲しいものが貰えて嬉しいってだけじゃないだろ?」
「そうですね」
贈り物はその贈られた物自体も嬉しいけれど、それを自分に贈ろうと思ってくれた相手の気持ちが何より嬉しいものだ。奪えば欲しいものは手に入る。でも、贈り物に込められた気持ちは奪おうとしても手に入らないものだ。
「プレゼントそれ自体というよりプレゼントをもらった気持ちを伝えたいんだ。あいつは自分のことを悪いやつだと思ってるし……いや、俺もオーエンのことは相当悪いやつだと思ってるけど――。でも、そんなオーエンにもプレゼントを届けてくれるサンタクロースがいたっていいんじゃないかなって」
カインは顔を赤くしたままぼそぼそと話す。
「すごくいいと思います」
賢者は感激したようにぐっと拳を握りしめた。
「プレゼントは用意したんですか?」
「ああ」
甘い蜜のかかったジャンジャーブレッドと市場で見かけたころんとした手のひらサイズの犬のぬいぐるみだ。賢者に聞いた通り大きな靴下に入れてある。もう少しちゃんとしたクリスマスプレゼントも用意しているのだが、これはカインが明日直接渡せばいい。あくまでもサンタクロースからの贈り物だ。
「問題はどうやってオーエンの枕元に置くかなんだよな」
かつて殺し合ったこともある北の魔法使いたちが暮らしている魔法舎で、オーエンは日頃から相当警戒している。どれだけこっそりと近づいたところで、オーエンはカインの気配に気づくだろう。
「うーん……そうですねえ……」
賢者はカインと一緒になって首を捻る。視界の端にカラフルな閃光が掠めた。部屋の中なのにムルが花火を上げたらしい。彼は赤一色の布地に白いファーのついたマントを羽織っている。クロエがサンタクロースをイメージして作ったマントを気に入ったらしくばさばさと揺らしてパーティーを盛り上げていた。
「カイン。いいことを思いつきました」
賢者は小声でカインにとっておきの作戦を伝える。
「うん……それでやってみよう」
★★★
オーエンは自室のベッドの中にいた。パーティーは日付が変わるとお開きになった。まだ音楽が鳴っているような浮かれた気配が纏わりついている。こんな馬鹿馬鹿しい催しに付き合う気なんてなかったけれど、たっぷりと甘いものが用意されているのを知ったら参加しないわけにはいかなかった。隅の方でひたすらケーキを食べているだけのつもりだったのに、いつの間にかラスティカのチェンバロに合わせて歌を歌っていた。みんな笑っていて踊っていて、全く馬鹿みたいだ。
眠ろうと一度閉じた瞼をオーエンはくるまったブランケットの中で一度開く。誰かがオーエンの部屋を窺っている。こんな夜中に何事だろう。気配は窓の外から漂ってくる。
ミスラならこんなまどろっこしいことはしない。ブラッドリーか? けれど彼にしては魔力の気配が薄い。あえて押さえ込んでいるという感じでもない。
パチッと瞬きした左目がその気配の主を教えてくれる。オーエンはとりあえずベッドの中で眠ったふりをした。
「《グラディアス・プロセーラ》」
精一杯潜めた声で呪文を唱えたのが聞こえる。オーエンの部屋の窓を開ける呪文。冷たい夜風が部屋の中に入り込む。
(寝首を掻こうだなんて案外卑怯なやつ)
なぜだかオーエンの頭の中に浮かんだのは怒りに近い感情だった。カインは正々堂々オーエンから目玉を取り返すと豪語していたのに、こんな卑怯でつまらない手に出るなんて。
「本当にがっかり」
オーエンは跳ね起きてそう言った。いくらでもカインのことをなじるつもりだった。
しかし、オーエンの目の前にいたのは――。
「オーエン。メリークリスマス……じゃ!」
見知らぬ老人だった。
赤いズボンに赤い上着。襟や袖先に白いファーが付いている。頭には三角帽子。こちらも赤く、てっぺんに白いポンポンが付いている。顔は白い髭が顎を覆っていて、にこにこと笑っていた。
「いや、騎士様だろ?」
変化の魔法を使ってはいるが、どう考えても魔力の気配がカインのそれだ。オーエンは半眼で問いかける。
「なんじゃ? 聞き慣れない名前じゃのう。わしはサンタクロースじゃ」
「騎士様、何してるの?」
「悪い子のオーエンにプレゼントじゃ。あんまり悪いことするなよ……じゃなかった。悪いことはするでないぞ。ほっほっほ」
強引にオーエンの枕元に巨大な靴下を置くと、くるりと窓の方がから出て行こうとする。
「だからなんなんだよ! 《クアーレ・モリト》」
変化の魔法に干渉するように魔力をぶつける。この手の魔法に長けているものならば変化し続けることも不可能ではないが、未熟な魔法使い相手なら十分。オーエンの目の前にいた老人はよく知った魔法使いの姿になっていた。赤い三角帽子の下でバツの悪い顔をしているカインを見て、オーエンはにやっと笑った。
「……じゃあこれで」
この後に及んでカインは窓から出て行こうとするが、オーエンの魔法で窓が容赦なく閉められる。
「そんなに急いで帰らなくてもいいでしょう。ねえ、サンタクロースさん」
オーエンの声は本人が思っているよりもずっと弾んでいた。
★★★
賢者から授けられた作戦。それは「いっそ最初からオーエンと鉢合わせをするつもりでサンタになりきろう作戦」だった。
「どうせオーエンが気づくなら、いっそサンタクロースの格好をして最初から最後までサンタになりきるってのはどうですか?」 そのときは結構良い作戦だと思ったのだ。
カインの話を聞くとオーエンはひとしきり笑った。最初はにやにやと、カインをどう虐めてやろうかと考えているような顔だった。次第にそれが呆れに、最終的にはもう少し気の抜けたような――どこか優しさみたいなものさえ感じるような表情をしていた。子供の悪戯をしょうがないなあと笑っているようにも思えてカインとしては居た堪れないことこの上ないのだけれど。
でも、とても綺麗な顔だった。
「それで、これがプレゼント?」
「そう」
散々笑われてカインの方はむすっとした顔で答えた。結局尋問されて何もかも洗いざらい話す結果になった。
ここまで来たらサンタクロースの仕事をさせてくれたっていいだろうに、オーエンは容赦なく靴下の中から包み紙でラッピングされた箱を取り出した。中には人型のジンジャーブレッドと丸っこい犬のぬいぐるみ。
「可愛い趣味だね」
「センスがいいだろ」
カインはやけくその顔で嘯く。
「そうだね。サンタクロースのセンスがいいね」
オーエンは「サンタクロース」を強調して告げた。それからジンジャーブレッドと犬を机の上に並べておいた。
「きみからプレゼントはないの?」
「それは明日」
本当にあると思っていなかったのか、オーエンは驚いたように目を見開いた。
「僕、何にも用意してないよ」
「いいよ別に。サンタクロースだって何か返してもらいたくてプレゼントを配ってるわけじゃない」
オーエンが意味がわからないという顔をしていたので、カインは苦笑して答えた。
「ただ喜んで欲しかったんだよ」
彼の顔に浮かんでいた困惑がますます複雑な形になる。咀嚼するのにはまだ時間がかかるのかもしれない。
「もう遅いし自分の部屋に戻るよ。夜中にごめんな」
「騎士様」
部屋を――今度はドアから――出て行こうとすると、オーエンがカインを追いかけるように寄ってきた。
「ん?」
オーエンはカインの両頬を掴むと、チュッと唇にキスをした。呆然としているカインにオーエンは告げた。
「サンタクロースのきみに、プレゼント」
そう言うとオーエンは自分のベッドの中に戻って行った。
「おやすみ……」
カインは何が起きたのか理解できぬまま、オーエンの部屋を出るとそのまま廊下にへたり込んだ。
★★★
ただ喜んで欲しかったんだよ。
オーエンにとってカインの言うことは全然理解できなかった。
枕元に置かれたプレゼントは大したものじゃない。市場に行けば安価に買えるものだし、オーエンならそれと気付かれずに奪うことだってできるものだ。
それなのに――嬉しい。そして、カインは見返りもなくオーエンがそんな気持ちになって欲しいだけだと言うのだ。全然意味がわからない。
わからないけれど、オーエンはなぜかやり返してやりたかった。そうだ。これは報復だ。不意の来訪に対する。そうに違いない。
(いつもキスしてくるのは騎士様の方だし)
だからあれは喜ばせたいとかそういうものじゃなくて驚かせてやりたかったんだ。そういうことにしておこう。
そこまでを一息に考えて、オーエンはぎゅっと目を瞑った。