カインがオーエンというクラスメイトについて知っていることは少ない。
三年になって初めて同じクラスになった。それもそのはず、オーエンは去年も三年生だったからだ。つまり、留年だ。だから年齢的にはカインよりも年上のはず。
留年の理由もカインの周りではいくつか囁かれていた。不良だというものもいれば、病弱であまり学校に来れていないのだというものもいる。真実は誰も知らない。
そして、もう一つ。「異文化研究会」という不思議な部活に入っているらしい。
カインがそのことを知ったのは、彼が生徒会のメンバーだからだ。部活に関する申請や部費の配分は生徒会が担当する業務だ。故に、カインは各部活の部員名簿を見ることができる。
「異文化研究会」という何をしているのか判然とない部活の部員は全部で五名。この学校で部活として認められる最低人数だ。多彩な部活動が特徴の学校なので、五人以上部員がいれば余程のことがない限り部活として認められる。「異文化研究会」も五名の部員が名前を連ねているし、学園祭での活動実績もある。にも関わらずどうにも引っかかったのは、部活としての体を保つギリギリを攻めすぎていたからかもしれない。
異文化研究会の部員名簿に載っている生徒の名前を調べたところ、四名がこの学校には存在しない生徒の氏名だった。部活の申請書と生徒の名簿はいちいち突き合わせていない。それを見抜いた犯行だ。
部員名簿の中で唯一この学校に実在しているのがオーエンだった。この四月にクラスメイトになったばかりの、去年までは先輩だった人。
普通なら尻込みするような関係性だが、カインは屈託のない性質だ。だから異文化研究会の部室に一人で乗り込んだ。
「オーエン……だな? 俺はカイン。生徒会の副会長だ。この部活のことでちょっと聞きたいことがあるんだが」
部室にいたのは灰色の髪の青年だった。彼の瞳がカインのそれと鏡写しになったように同じ色をしていることに驚く。けれどオーエンの方は特に気に留めていないようで、彼はカインを見ると小さくため息をついた。
「生徒会が何の用?」
「生徒会に届け出てある部員名簿を確認したが、あんた以外存在しない生徒の名前が書かれているんだ。心あたりは?」
「ちっ、バレたか」
オーエンはあまり悪びれたようには見えない。
「あのな、立派な不正行為だぞ。部員が五人に満たなければ廃部。部費も出せないし、この部室も返還してもらうことになる」
「やだよ。ここ、授業サボるのに便利だし」
オーエンはいっと歯を見せた。少なくとも一歳は年上のくせにちょっとした仕草が妙に子供っぽい。そのくせつんと澄ました顔は完璧すぎるくらいに整っている。
「大体異文化研究会って何をやってるんだ?」
学園祭に合わせてポスター展示を行っているということはわかったが、普段の活動は名前からだと全くわからない。
「それならきみにこの部活の活動を見せてあげる」
オーエンはにやっと笑う。それが妙に魅力的で、カインは自分の心臓が妙に強く脈打った気がした。
「これが部活動……?」
異文化研究会の活動だと言われてオーエンに連れてこられたのは商店街にある中華まんを売っている店だった。この辺りでは割と有名な店で、放課後や休日には行列ができているのも見る。カインはオーエンと一緒に並んだ。
「異文化に関する研究ならなんでもいいってのが異文化研究会。だからこれも部活動ってわけ」
順番が来るとオーエンは手のひらを広げたのと同じほどの大きさのあんまんを二つ買った。彼はカインにもどれがいいかと尋ね、カインが指差した肉まんを一つ買ってくれた。その手慣れた様子は不覚にも先輩っぽいなと思う。いやいや不法行為で部活動をしているやつだぞ、とカインは心の中で気を引き締め直す。
オーエンは無言であんまんに齧り付くと、あっという間に半分を平らげた。
「そんなに急いで食わなくても」
「熱いうちに食べた方が美味しい」
それもそうだなとカインは自分の手の中にある肉まんを齧った。ふわふわの生地にジューシーな肉汁が染み込んでいる。
「うまっ」
「あんまんの方がおすすめだけど」
「でも、こっちの肉まんも美味いぞ」
肉汁が溢れないようにはふはふと息をしながら食べ進める。オーエンに急いで食わなくてもと言ったくせに、カインの肉まんもあっという間に半分が消えた。
オーエンはすでに二つ目のあんまんに齧り付いている。
「それ、何か違うのか?」
「蓮の実あんと桃あん。――あげないよ」
オーエンは桃あんのはいったあんまんをカインから遠ざける。
「取らないから安心して食ってくれ」
こういうところは妙に子供っぽい。もそもそとオーエンは桃あんを攻めている。
「異文化研究会は異文化に関することならなんでもありな部活だから、僕はこうやって世界各地の甘いものを食べる活動をしてる」
「確かにちゃんとした部活だな」
活動内容が大雑把な気がしないでもないが、カインたちの学校の部活は多少活動内容が雑でも許される。
「ただ、部員がおまえ一人ってのは通らない」
「一人じゃないよ」
オーエンは目を細めて人差し指をカインに突きつけた。
「おまえ」
「えっ?」
「肉まん食っただろ? おまえも部員だから」
「どういう理屈なんだよ!」
「あの肉まん、部費で買ったんだからそれを食ったおまえは部員だろ」
無茶苦茶すぎる。
それにたとえカインが入部したところであと三人部員が必要だ。
「五月中だぞ。申請期限までに部員が揃ってないと廃部」
「はあ、めんどくさ……」
「あと三人だし、なんとかなるだろ」
それを聞いてオーエンは目を瞬かせた。
「三人?」
「ああ。俺とおまえ。残りは三人」
「部活入ってくれるんだ」
カインは呆れたように笑う。
「おまえが部員だって言ったんだろ。いいよ。俺は今生徒会しかやってないし。活動内容も面白そうだからな。でも、もう部員の水増しはやめてくれ。今回は俺が見つけたからいいものの、教員に見つかったら即廃部だぞ」
カインは肉まんの最後のひとかけを食べる。
「改めてよろしく。俺はカイン。今年同じクラスなんだけど」
「いたっけ? 教室全然行かないから気づかなかった。――オーエンだよ」
カインの差し出した手をオーエンは取らず、代わりに手をぷらぷらと振った。
不思議なクラスメイトと不思議な部活。今年は受験生なんだけどなあと苦笑いしつつ、カインはなぜかわくわくする気持ちを止められなかった。
「じゃあ明日から部員探しよろしく」
「オーエンも探すんだよ」