〈大いなる厄災〉を押し返し、賢者としての役割を果たし終わった。遠くへと去っていく月を見つめていた私は、なぜか直感的に帰ることができるのだと解った。
エレベーターに乗れば元の世界に帰れる。きっと。
私がそう告げたとき、魔法使いのみんなは様々な反応をした。喜び、そして別れの寂しさ。
「勝手に帰れば」と突き放すのはオーエン。「はあ、また気が向いたら会いにきてください」と大事ではないようなことを言うのはミスラ。
ああ、でもきっと帰ったら二度とここには戻ってこられない。これも、なぜかわかることだ。月が、直接私の記憶に知識を書き込んだみたいに。
本当のところ、私は帰りたい気持ち半分、帰りたくない気持ち半分だった。ううん、帰りたくない気持ちの方が大きかったかもしれない。ムルが「別に帰らなくてもいいんじゃない」と誘惑するのに気持ちが傾いたのも嘘じゃない。でも――。
「帰るのだ。賢者」
オズは厳しい顔をしていた。
かつて、私がこの世界に来て間もなかったときに告げたのと同じ言葉を、同じように口にする。
この世界に来て間もない頃、私は不安でいっぱいだった。周りにいる魔法使いたちは悪いひとではなかったけれど、それにしたって知らないひとたちばかりの中で生活をするのだ。ひとりぼっちは寂しいけれど、誰かといるのは気も使う。この世界には不安を紛らわせるためのスマホもなければ、見知った店も猫の集会場だってない。
だから、エレベーターを背にしたオズの言葉に私はただ肯定を返した。
「元の世界に帰りたいか?」
「はい。帰りたいです」
オズは眉間に皺を寄せて一呼吸置くと、そっと口を開いた。
「私にも別の世界を繋ぐことはできない。しかし、そのときが来るまでおまえを守ってやろう」
できることなら一度元の世界に帰りたい。そう言った私のためにオズはエレベーターを探って、魔法でなんとかできないかと試みてくれた。
オズですら、私を元の世界に帰すことはできない。わかってはいた。多分私をこの世界に連れてきた力は、魔法使いたちの魔法とはまた別のものなんだって。だから、世界最強の魔法使いであるオズですら、私を帰すことはできないのだと。
「そのときが来たら、必ず」
オズの言葉は優しかった。私は強く頷いた。
そして、本当に帰る日がやってきてしまった。
「帰るのだ」
彼は他の魔法使いたちのように残念そうな顔もしなかった。よかったねと笑ってもくれなかった。ただ厳しく、どこか突き放すように告げる。
でも、それこそがこのひとの優しさだと私は知っている。
「はい」
私はまっすぐにオズを見て頷いた。
帰りたくないと思ってしまうほどこの世界で大切なものがたくさんできた。私はそれを捨てて帰らなければいけない。
それでも――帰るのだ。帰った先でこの思い出を抱きながら、前よりも強く優しく生きていかないといけない。
オズは最後まで厳しい顔をしていた。そうしなければ私が帰れないと思っているようだった。
「さようなら」
優しいあなた。元の世界で私は、少しだけあなたのように生きていく。