これ以上、ないってくらい - 2/2

「ヒース。誕生日おめでとう」
 朝一番に部屋を訪れたシノが差し出した花束に、ヒースクリフはちょっと驚いた顔をしてから日が差し込むように笑った。花束は片手では収まらないくらいの大きさで、自分でリクエストしておいてなんだがびっくりはした。初夏の花々は生き生きとして色鮮やかだ。リボンが、青とも紫ともつかない美しい色彩をしている。
「ありがとう。シノ。とっても綺麗だ」
「もう一つ、あるんだ」
「えっ?」
 シノが呪文を唱えると、ヒースクリフの部屋の机に箱が一つ現れた。花束よりもさらに一回り大きい箱だ。
「開けていいの?」
「ああ」
 箱を開ける。中に入っていたのは球形の模型に地図が貼り付けられた物だった。
月球儀グローブ?」
 月球儀グローブはこの世界の大地と海を球形の模型に写し取ったものだ。ただ広い海と、自分たちの暮らす大陸。そして、いくつかの島が描かれている。球は北極点と南極点を棒で貫かれており、それが弓状の台座に取り付けられている。
 大地の地表にはペンで書き込みがされていた。すぐに何かわかった。西の国の祝祭を執り行った天空離宮。東の祝祭のために立ち寄った村。シャーウッドの森。初めて出会ったブランシェット城。全てヒースクリフがシノと共に訪れた場所だ。
「オレがいつかおまえに与えられる世界」
 ヒースクリフは目を丸くして、それから月球儀を撫でた。指先で軽く回す。
 世界なんて欲しくはない。でもこの世界全てをシノと歩くことは、きっと気持ち良いだろうと思う。
「全部を塗りつぶしたいな」
 それはヒースクリフにしては素直な欲求だった。
 シノは万感を込めた声で応える。
「仰せのままに」