安全に飛びますね。
その言葉は彼が自分自身に言い聞かせているように思えた。
南の国で任務を終えて、南の塔へと戻る。こういうとき、誰かが私を箒の後ろに乗せてくれる。南の魔法使いたちはそっと互いを窺って、一瞬の瞬きでその役目を決める。こういうところが、彼らが南の魔法使いたる所以のように思う。
今日はルチルだった。私の後ろにどうぞ。ご丁寧に私の手を取って、箒に乗せてくれた。
「いいですよ。ルチルの好きなように飛んでも」
「いえいえ。安全第一に賢者様を運んで見せますよ」
昼と夜の境目、青空と雲の間に赤光が細く伸びる。斜陽に照らされたルチルの輪郭は金色をしていた。
不意にルチルが尋ねた。
「それとも速く飛ぶ方が好きですか?」
仲間を見つけたような嬉しさが声色に滲んでいる。私は申し訳ないと思いながら告げる。
「実は速い乗り物は苦手で……」
元の世界ではジェットコースターにも乗れなかった。
「でも、空を飛ぶルチルは鳥のようだから──」
鳥は、羽ばたきを緩めたりしない。思うまま、この空を飛ぶ。ルチルは賢くて、優しい。けれど彼には確かな鳥の翼があると思うのだ。
「自由に飛んでほしいんです」
私自身の恐怖よりも強くそう思う。
「一歩ずつ近づいてみましょうか」
「……?」
きょとんとした顔をしているであろう私にルチルははにかんだ。
「よく子供達に言ったんです。お互いに好きなものが違って、それでも一緒に遊びたいときは、互いに一歩ずつ近づいてみようって。例えば外で遊びたい子と家の中でスケッチをしたいって子がいたら、外で素敵なものを探しに行って、見つけたら一緒に絵を描くのはどう?……って」
ルチルは私をまっすぐに見つめた。
「一歩だけ近づいてもらえますか? 私もそうしますから」
「はい」
私が強く頷くと、ぐっと空を飛ぶスピードが上がった。自由に夕空を味わうように旋回する。不思議と怖くはなかった。
「今日は空が綺麗ですね」
「はい。とても」
生まれた時から飛び方を知る鳥のようにルチルは自由で、それでもなお私に一歩近づいてくれる彼は優しい魔法使いだった。