生活に終わりはない

 オーエンは大量のブループラムの実と共に現れた。ちょうど中央の国の季節は初夏を迎えた頃だった。
「これ、甘いやつにして」
「甘いやつ?」
 実に半年ぶりの再会だと言うのに、オーエンはまるで昨日ぶりのような顔をしている。

 魔法舎での共同生活が解散した後、カインは中央の国のとある街に居を構えていた。相変わらずアーサーの騎士として名高い彼は、アーサーに呼ばれれば彼の元に馳せ参じる。しかし、そうでないときはこの小さな街でのんびりと暮らしていた。
 オーエンは時々カインの家に現れては気ままに過ごし、飽きたら姿を消す。野良猫のようだ、とカインは思っていたが、口にはしなかった。

「それで、こんなにたくさんどうしたんだよ」
「リケに分けてもらった」
「リケに? 会ったのか?」
 オーエンは頷いた。リケは人々を救うために世界中を巡っている。時々カインやアーサーの元に便りが来るので元気なのは知っていたが、まさかオーエンと会っているとは思わなかった。
「リケが最近手伝っている救貧院で僕に青くて甘いやつを飲ませてくれた。もっと飲みたいって言ったら、もうないから自分で作れって」
 オーエンが飲んだのはブループラムを漬けたシロップで作ったジュースらしい。青くてとびきり甘い。少しだけ爽やかな風味がする。子供に人気の飲み物で、カインも子供の頃に飲んだことがあった。
 ジュースを気に入ったオーエンにリケはちょうど収穫されたばかりのブループラムをたっぷりお土産にくれたらしい。
「そうは言っても俺もブループラムのシロップの作り方なんて知らない」
「リケがそれも書いてくれた」
 オーエンはレシピを書きつけたメモ用紙をカインに突き出した。そこには丁寧な字でブループラムのシロップの作り方が書いてある。
「さすがリケ」
 カインは頬を緩める。かつて共に暮らしていた少年の成長が細やかなレシピに現れていて嬉しくなったのだ。
「じゃあ一緒に作るか」
 そう言うとオーエンは仕方ないなあと言いたげに肩を竦めた。

「それで? これをどうするの?」
「竹串で黒いヘタを取るんだ。綺麗に全部取ることって書いてある」
「ふうん」
 カインとオーエンは竹串を手に取ってブループラムのヘタを取り除いていく。
「これで甘くなるの?」
「なるって。多分な」
 頼りになるのはリケのレシピだけだ。できるだけアレンジはせずにレシピに従って作ろうとカインは心に誓う。
「丁寧にやれよ」
「やってるさ」
「へた、残ってる」
「あ、悪い」
 甘いものがかかっているせいか、オーエンは意外に丁寧な仕事をした。魔法を使わないのは、律儀にリケのレシピに従っているのからなのかもしれない。カインは細かな作業が面倒になってきた気持ちを隠して真面目にヘタを取り続ける。
「リケと会う前はどこにいたんだ?」
「いろんなところ」
 オーエンはぽつりぽつりとカインと離れていた間のことを語る。カインは相槌を打ちながらその話を聞いた。オーエンが話題に出すのは甘いもののことと自分がいかに悪い魔法使い然とした行いをしたかという話で、前者はともかく後者はカインも眉を顰めざるを得ない。それでも――それでこそ北の魔法使いオーエンだった。

 ブループラムの実をよく洗う。そうしたら清潔な布巾で一つ一つよく水分を拭うこと。
 リケのレシピに従って、カインは大きなたらいにブループラムの実を入れて洗う。そしてオーエンと二人で黙々とブループラムの実についた水分を拭き取る。テーブルの上に敷いた布の上に拭き取った実を並べていった。
 全ての実を並べ終えたときには、もう随分と長くオーエンの話を聞いていた。
「はい。おしまい」
 最後の実をオーエンが置く。なんだか会話が途切れるのは名残惜しいような気がした。
「次は……ガラス瓶を用意する」
「はい。これ」
 オーエンはちゃんとガラス瓶まで用意していたらしい。そこにお湯を注いで消毒をする。それから瓶の中にブループラムの実と氷砂糖を交互に重ねて詰めていった。
「あ、つまみ食い」
 オーエンは氷砂糖を鷲掴むと、口の中に放り込んだ。
「いいだろ。こんなにたくさんあるんだから」
 リケのレシピによると氷砂糖はブループラムの実と同じ分だけ必要とのことだったが、オーエンはその何倍もの氷砂糖を用意していた。そしておそらく、それでもなお氷砂糖はここに来るまでにだいぶ量を減らしたに違いない。
 ガラス瓶に蓋をするとふう、とカインは息をついた。
「このまま毎日上下をひっくり返すようにして瓶の中を混ぜる。それで……三週間もすれば出来上がり」
「三週間!?」
 オーエンは悲鳴のような声を上げた。
「ここにそう書いてある」
 オーエンはカインからレシピをひったくった。どうも最後まで読んでいなかったらしい。
「三週間も待たないとあの甘いの、飲めないわけ?」
「そうみたいだな」
「魔法を使えば……」
「こらこら。失敗したら今までの努力が水の泡だぞ」
 オーエンが不機嫌を通り越して悲壮な顔になっているので、カインは思わず吹き出した。
「なんだよ」
「悪い悪い。――あのさ、三週間くらい、うちにいてくれよ」
 それはカインの本音だった。ブループラムのシロップができるまでの間くらいそばにいてほしい。そんなに無茶な願いじゃないだろう。
 カインの視線をオーエンは真っ直ぐに受け止めた。それから軽い口調で告げる。
「三週間と、このシロップがなくなるまではいるよ」
「それなら、永遠にこのシロップが無くならなければいいのにな」
 カインの言葉にオーエンも今度は目を丸くして、それから小さく笑った。肯定するようにも、否定するようにも見える曖昧な表情だった。
「またこの季節になったらブループラムを漬けるんだ」
 無くならないシロップはない。けれど、未来のことを語ることはできる。
「来年はもっとたくさん仕込むか」
「いいね」
 青く光るブループラムの実からは二人の生活の匂いがした。