「賢者様、楽しそうだったね」
「そう見えましたか?」
「うん」
その任務で訪れた村では月に一度祭りがあるという。
俺と南の魔法使いたちは任務を終えて、その祭りに参加した。紙を折って形代とし、それを空に向かって飛ばす。紙飛行機だ、と俺はなんだか懐かしくなった。
南の国は魔法使いへの偏見が少ない。その小さな村は普段生活している中央の国の王都とは全く違う雰囲気があった。見知らぬ風習、生活。
初めはこの世界にある全てが目新しかったのに、いつの間にか魔法舎の暮らしに慣れていた俺にはなんだか不思議なくらい刺激になっていた。
「中央の国とは全然違うでしょう」
「はい」
「賢者様はこれくらい落ち着いているところの方が向いているのかもね」
「そうかもしれません。でも長くいると飽きてしまうかも」
任務から魔法舎への帰路、俺はフィガロの箒の後ろに座っていた。穏やかな秋の風は心地よく、俺とフィガロの横をすり抜けていく。
「大きな街になると意外とどこも同じように感じるんだけどね。小さい街や村にいくほどそれぞれの国の文化が出るよ。飽きたらまた他の場所に出かけてみればいい」
「フィガロはいろんなところを巡ってきたんですよね」
「それはもう」
彼は少し考えてから言葉を続けた。
「俺はどこにいてもしっくりこなかったからさ」
頭上には雲一つない青空。偽りも誤魔化しも許さないような青の下で、このひとは本当のことを話す。
「フィガロはどこに行っても優しくて頼りにされてきたんでしょうね」
俺たちが訪れた街でもそうだった。〈大いなる厄災〉による異変の調査だけではなく、困っていることがないかとフィガロは村のひとたちに聞いて回った。病気を診て、作物の収穫時期の相談に乗り、子供たちと一緒になって祭りで使う形代を折っていた。
いつでも、どこでも。きっと彼はそうやって生きてきた。
「それしかできない男だよ。所詮どこにいてもお客様さ」
フィガロは少し皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「俺はかっこいいなって思いますよ」
「ありがたいことを言うね。賢者様」
「それに、フィガロがいろんなところを旅してきて、南の国でお医者さんをするようになって。そうしてあなたが南の魔法使いになったから、俺はあなたに会えたんですよ」
たぶん『賢者の魔法使い』だって彼にとっては一時の居場所でしかないのかもしれないけれど。
フィガロは驚いたような、そして珍しいことに照れたような顔をしている。誤魔化すように彼は少しだけ飛ぶスピードを上げた。
親しまれて、けれどいつか立ち去る――その旅人は魔法使い。