僕らは未練を追いかけにゆく

「どうせ忘れる」
 それは諦めから口をついて出た言葉だった。それなのに、その呪いは七生の手を離れて思わぬところで波紋を広げた。

 スマートフォンのニュースアプリを開く。天気予報やニュースと並んで舞奏の情報が表示されるタブがある。昔は雑誌や地域紙でしか知ることのできなかった舞奏の情報が、今や簡単にインターネットを通して手に入った。並ぶ記事の中でもついこの間舞奏競を終えた相模國櫛魂衆と武蔵國闇夜衆について書かれたものは多かった。両衆ともに化身持ちを揃えているし、それ以外でも何かと話題になる覡が多いからだろう。
 舞奏競を勝ち抜くのなら見ておくべき情報なのだろうが、七生は熱いものに触れた手を引っ込めるようにスマートフォンの画面にロックをかけてテーブルの上に伏せた。自身の過ちと向き合うのはいつだって苦い。
「いっそ痕跡も残さずにおいてくれたこんな辛い思いしなかったのに」
「だから悪かったって言っただろ」
 七生が恨みがましく言い募ると、阿城木のため息まじりの声が返事をした。
「絶対食べようと思ってたのに。このプリン」
 指で空っぽのプラ容器を押す。昨日から目をつけておいたおやつだったのに、気がついたら阿城木がすっかり食べてしまっていたのだ。
「そうは言うけど俺が食べてなかったら忘れてただろ」
「僕が? 僕がこんなに美味しそうなスイーツのことを忘れるなんてこと、あると思う?」
 阿城木はふむ、と予想外に真面目に考え込んだ。
 実際忘れていたわけではないけど、惜しくなったのは食べられてしまったからだ。いつだって失くしてから本当に惜しいものに気づく。失くしたことにさえ気づかなければ、惜しくない。
 忘却は救いだというのにカミというやつはつくづく根性が悪い。
「じゃあ、買いに行けばいいだろ。このプリン、すぐ近くで売ってるし。散歩がてらにさ」
 言うなり阿城木は部屋に財布を取りに行ってすぐに戻ってきた。
「ほら。食い物の恨みで化けて出られてもやだし」
「化けて出ないよ」
「本当か?」
 阿城木が笑ったので、七生も相好を崩した。