言祝ぎ

 その日、君は朝から海沿いをジョギングして、それから舞奏社で稽古をしていたね。舞奏披が近いから、夏休みが入って以来君はずっとそうしている。君は舞台の真ん中に真っ直ぐに立つと淀みのない動きで腕を動かす。一つ一つの所作は美しく、君の朗々とした歌声が朝の舞奏社に満ちた。君の舞は静かだ。色がなく、何もかもを受け入れて飲み干すような音楽を奏でる。
 君から少し遅れて同じ衆の覡が姿を現す。暑いと文句を言う彼の頬に君は冷たいペットボトルを押し付けた。ひゃっと声をあげた彼に君は笑った。色のない世界の中に、ぽつりと色彩が溶けたようだった。
 稽古が終わって君たちはまた海沿いの道を歩く。途中のコンビニエンスストアに立ち寄って、彼はアイスをいつものように二つ買うと、君に一つ渡して「誕生日おめでとう」と言う。君は少し驚いて「ありがとう」と受け取った。
 八月の暑い日差しの中を並んで歩く。あっという間に溶けてしまうアイスを君は急いで口に入れた。暑い暑いと隣を歩く彼は文句を言っていたけれど、君は実のところ夏が嫌いじゃない。このまとわりつく蒸し暑さも、照りつける日差しもこの世界が生きている証明のようだから。
 同じように君は舞奏が好きだった。苦しい瞬間がないわけではない。けれども、それを超えて観囃子の歓声を浴びる瞬間、そしてその先で君がカミと繋がる感覚は、君にとって求めてやまないものだったろう。
 君は次の舞奏披でも良い舞を奉じたいと呟いた。隣を歩く彼は「そうだね」とはにかむように笑った。ずっとこうやって舞奏をしていられたらいいのにと君は思う。来年も再来年も、毎年誕生日が訪れるように。
 このままであることを疑う君は不思議だ。何か予感があるのだろうか。
 でもきっと君はずっとここで舞奏をやり続けるんだ。何度でもこの夏はやってくる。君が舞い続ける限り。