雨が降る。風が吹く。嵐が近づいてくる。
「本当に最悪」
オーエンはベッドの上で寝返りをうった。昼過ぎから降り始めた雨のせいかなんだか体が重いような気がする。日が暮れたとはいえ普段ならばまだ眠るような時間ではない。しかし、オーエンは体を起こす気になれずベッドの上に転がっていた。
遠くで雷鳴が響く。なんだか世界が泣き叫んでいるような夜だと思う。惨めでうるさい。
そのとき、部屋の扉をノックする音がした。無視しようかと一瞬迷う。それでも結局扉を開けたのは、ノックの仕方からそこにいるのがカインだとわかったからだ。
「こんばんは。オーエン」
「何?」
「城で菓子をもらったからさ。食べるだろ?」
にかっとカインは気持ちの良い笑みを浮かべた。
「食べる」
オーエンはカインを部屋に招き入れる。
「お茶、入れて」
「ああ」
カインは特に嫌な顔せず頷いた。
「寝てたのか?」
めざとい。普段は鈍感すぎるところもあるくせに、こういうところだけはよく気付く。
「ちょっと横になってただけ」
「具合悪いのか?」
「別に」
具合が悪いというほどではない。少し体が重いだけ。大したことはない。気づかわしげなカインの視線から逃れるように、オーエンはソファの上にどかっと腰を下ろした。
カインはそれ以上何も聞かず、魔法で湯を沸かした。以前は湯が全然沸騰しなかったり、沸かしすぎて一瞬で全て蒸発させたりしていたのに、今は上手に魔法を使っている。
カインは湯こそ魔法で沸かすのだが、紅茶を入れるのには魔法を使わない。それを指摘すると「手で入れた方が美味い気がするんだよ」と言った。そんなに違うものだろうかとオーエンは疑っているが、実際カインの入れる紅茶の味は悪くないので何も言わないことにしている。今日もカインは魔法を使わずにたっぷり時間を使って紅茶を入れた。
「お待たせ」
カインは紅茶と城でもらってきたという菓子をソファテーブルに並べると、オーエンの横に座る。菓子はバターをたっぷり使ったフィナンシェだった。オーエンは紅茶よりも先にフィナンシェを頬張った。一通り満足するまで食べてから紅茶を啜る。温かくて香りが良い。バターの風味たっぷりのフィナンシェともよく合う。
「また風が強くなったな」
窓の外では相変わらず風が吹き荒れている。窓を叩く雨の音がうるさい。
「嵐の夜ってなんだかドキドキする」
カインはぽつりと言った。
「ドキドキ?」
「ああ。外が騒がしいから落ち着かないような気になる」
オーエンはカインの胸に自分の耳を寄せる。
「オーエン!?」
「本当だ。どくどくしてる」
確かにカインの胸の鼓動はうるさくて、外の嵐とどこか似ていた。
「びっくりした」
「何が?」
「おまえの行動に」
そうかなとオーエンは首を傾げた。
相変わらず外はうるさい。響いた雷鳴は先ほどよりも近い。
オーエンはカインの胸の中でぽつりと言った。
「抱いて」
雨のせいかもしれないけれど、めちゃくちゃにされたい気分だった。ぐちゃぐちゃになって、どろどろになって。体の重さもわからなくなるくらいになりたかった。
カインの胸に耳を当てたオーエンの体を、カインはそっと抱きしめた。とん、と彼の手のひらがオーエンの背中を叩く。
「そうじゃなくて……」
「わかってるよ」
わかってるならなぜ、と問い返したかった。ただ、カインの腕の中があんまり温かくて、この状態に満足している自分がいた。
「このまま眠ってもいいよ」
「嫌だ」
オーエンはしばらくの間そうしていたが、そっとカインの腕を振り解いた。
「もう、いい」
「大丈夫か?」
「最初から大丈夫だよ」
オーエンは目を伏せ、口元を緩めた。
嵐はまだ止まない。けれど、きっと朝になれば過ぎ去ってしまうのだ。