サウナでなんでもない話をするカイオエ

 北の国での任務を終えると、依頼を送ってきた村の人から風呂を勧められた。北の国で風呂といえば小屋やテントの中を温めた蒸し風呂で、中央の国育ちのカインには馴染みがない。
「これが蒸し風呂か」
 賢者が言うところのサウナというやつだ。賢者の世界にも同じような浴室があるらしく、彼はこの蒸し風呂を見ると感激していた。
 カインは薄い麻布を一枚巻いて蒸し風呂の中に入った。むわっとした熱気が体を包み込む。蒸し風呂の中には先客がいた。オーエンだ。彼も麻布を巻いて腰を下ろしていた。白い肌はいつもより血色がいい。
「隣いいか?」
「嫌って言ったら?」
 蒸し風呂はみっちり詰めて三人ほどが入れるスペースしかない。当然カインはオーエンの隣に座るよりないのだから嫌だと言われたら困ってしまう。
「……意地の悪いこと言うなよ」
「だったら最初から聞かなきゃいい」
「そこはほら……礼儀みたいなもんだろ」
 カインはオーエンの隣に腰を下ろす。オーエンは何も言わなかった。
「蒸し風呂って初めてだ」
 カインがそう言うと、オーエンは意外そうな声を上げた。
「そうなの?」
「ああ。中央の国だと湯を張るのが当たり前だから。この辺りは風呂と言えば蒸し風呂なんだってな」
 蒸し風呂の中は熱いが苦しいほどではない。全身が温められる感じは、極寒の北の国ではちょうど良いのだろう。
「夕飯も用意してくれてるみたいだし楽しみだ」
「甘いものもある?」
「甘いものがあるかはわからないけど、スカイサーモンのクリームスープが名物らしいぞ」
「甘いもののほうがいい」
 オーエンはため息を一つついた。
「でもきみが食べてた貝のスープよりはクリームスープの方が好き」
「ああ。あれはちょっと辛いもんな」
 きっと栄光の街の名物である貝のスープよりはオーエン好みの味だろう。
「なんで……」
「ん?」
「なんでこんなくだらない話してるんだろう」
 ぽつりとオーエンは溢した。
「熱い蒸し風呂の中で真面目な話ってできなくないか?」
「そうじゃなくて……。なんで騎士様は僕と一緒に風呂なんか入ってるの」
 その先に続く言葉をカインは正確に予測できた。
 僕はきみの目玉を奪ったんだよ。
 きっと、こう続く。
「賢者の魔法使いの仲間だって思ったら不思議なことなんてないだろ。同じ魔法舎で寝起きしているんだから」
「そうかな?」
「そうだよ」
 こんな強引な理屈、普段のオーエンなら納得はしないだろう。けれど、蒸し風呂の熱さのせいかオーエンはそれ以上追求はしなかった。

 たっぷり温まるとカインは蒸し風呂の外に出た。オーエンも共に出てくる。外気は北の国らしい冷たい風が吹いている。それが火照った体には気持ち良いくらいだ。
 オーエンも目を細めて冷たい風を気持ちよさそうに浴びている。
「気持ちいいな」
 そう声をかけるとふん、とオーエンはそっぽを向いた。きっともう応えてはくれないのだ。