焼き芋をする仲

「オーエン! 焼き芋をしよう」
「は?」
 わざわざオーエンの部屋までやってきたカインはそんなことを言い出した。
「この間の任務先で、解決の礼にたくさんヌガー芋をもらったんだよ。だから、みんなで焼き芋をやることになったんだ」
「それで?」
 そんな馬鹿みたいなイベントのどこに自分が関わるというのだ。
「ヌガー芋好きだろ?」
「……嫌いじゃない」
 ヌガー芋は蒸すと甘くなる。ねっとりとしていて砂糖を煮詰めたほどに甘い。あの味はまあ悪くない。
「だから焼き芋をオーエンもやろうぜ」
「嫌だ」
 オーエンはすげなくそう返した。
「第一、ヌガー芋なら魔法で蒸せばいいだろ」
 食材に火を通すだけなら魔法でやるのはそう難しくない。複雑な料理ならともかく、芋に火を通すだけならオーエンは一瞬でできる。
「絶対に焼き芋にした方が美味しい。オーエンは焼き芋食べたことがないんだろ? だったら一度食べてみたほうがいい」
 カインは珍しく強い口調でそう言った。
「絶対に美味いから」
 そこまで言われると妙に気になってしまい、オーエンはとうとう首を縦に振った。

 

 焼き芋は魔法使いの家で行われた。賢者の魔法使いたちの他に近所に住むひとたちの姿もある。もらったヌガー芋がたくさんあるから魔法使いの家を訪れてくれたひとたちにも振る舞うことにしたのだ。

 ルチルが魔法で焚き火に火を熾すとと歓声が湧いた。オーエンは少し離れたところでそれをつまらなさそうに見ている。魔法で気配を消した彼に気づくひとはまだいない。まさか焼き芋にあの北の魔法使いオーエンがいるだなんて夢にも思っていないのだろう。同じように、芋を洗っているオズがあの魔王オズだと気づいている者もいるまい。
 取材も兼ねて焼き芋に来てくれたルキーノが、新聞局で余っていた新聞紙をたくさん持ってきてくれていた。カインはオズが洗った芋をその新聞紙に包んで水に浸す。
「カインさん、もう焼けますよ」
 ルチルがカインに呼びかける。
「じゃあやるか」
 カインは火かき棒を燃える焚き火の中に突っ込んだ。灰を掘り返して穴を作る。焼き芋を求めてやってきた子供たちが火の周りを囲んだ。彼はにかっと子供たちに笑いかけてから言った。
「あんまり近づきすぎるなよ。――そう、そこまで」
「それどうするの?」
「こうするんだ」
 カインは新聞紙に包んだ芋を掘り返した灰の下に落とすと、灰を被せて埋めた。火かき棒でしっかりと灰を被せる。
「これでしばらく待つ」
 魔法使いの家に来る人間たちは魔法使いにも好意的でだった。特にカインは人気者だ。なにしろあの元騎士団長、老若男女が彼と言葉を交わそうとした。
 一人の少女がカインに近づいていく。
「カイン様! お会いできて光栄です」
「俺もあんたに会えて嬉しいよ」
 そんなことをいうものだから、少女は感激したように頬を上気させていた。カインは時々焚き火の様子を見ながら訪れた人たちと話をしている。
「焼き芋ができるまで少し待ってくれよな」
「カイン騎士団長に芋を焼かせてしまうなんて夢にも思わなかったの」
 老人が恐縮したように頭を下げる。
「『元』騎士団長な。今は賢者の魔法使いの一人だ。今日は楽しんでいってくれ」

 オーエンはカインに声をかけた少女にそっと近づいた。
「やあ」
「わっ! びっくりした」
 少女は驚いた顔をオーエンに向けた。
「あなたも賢者の魔法使いの方?」
「そうだよ。僕はオーエン」
 知ってる?とオーエンは問いかける。
「あの騎士団長を襲って目玉を奪ったのは僕なんだよ」
 少女は目が離せなくなったようにオーエンをじっと見た。驚きか、恐怖か。けれど、オーエンの期待するものはやってこなかった。
「オーエン、やっと見つけた」
 カインはオーエンの肩を無造作に抱く。あまりにも自然な仕草なので、一瞬オーエンの体が止まった。
「悪い。こいつ変なこと言わなかったか?」
 少女に向かってカインは問いかけた。
「カイン様を襲ったって……」
「ああ。でも、賢者の魔法使いの仲間でもある。今はこうやって一緒に焼き芋をする仲だしな」
「焼き芋をする仲ってなんだよ!」
 オーエンの苦情をカインは「まあまあ」の一言で受け流した。少女はカインとオーエンを交互に見て、それから安心したように笑った。
「よくわからないけど、お二人は仲が良いんですね」
 その言葉に正反対の表情でカインとオーエンは応じた。
「どこが?」
「ああ!」

 

 小一時間ほどが経ち、カインは焚き火の灰を再び掘り返した。
「《グラディアス・プロセーラ》」
 カインが呪文を唱えると、焼き芋がふわりと灰の中から浮かび上がる。それを周りのひとたちに配っていく。
「火傷に気をつけてくれよ」

 カインは焼き芋を配り終えると、自分の分を一つ手に取った。黒くなった新聞紙を剥がす。
「あつっ」
 そう言いながら芋を半分に割ると、芋の匂いに釣られて再び姿を現したオーエンに割った半分を差し出した。
「ほら、焼けたぞ」
 オーエンはじっと眺めてから芋をぱくりと口にした。咀嚼して飲み込むと次の一口、また一口とあっという間に芋を平らげてしまった。
 ヌガー芋はじっくりと焼かれ、水分がほどよく飛んでねっとりとした食感になっていた。凝縮された甘みが口の中に広がる。悔しいが、今まで食べた蒸かし芋がなんだったのかと思うほど美味しい。
「もっと」
「美味かっただろ?」
「いいから早くよこせよ」
 カインは自分の分の芋をオーエンに渡す。オーエンはそれを手に取ってからぽつりと呟いた。
「これは……僕が奪ったんだからな」
「ん?」
「別に僕とおまえは焼き芋をするような仲じゃない」
 そうだ。これはあくまで奪ったものであってもらったものじゃない。焼き芋なんて一緒にするわけがないのだ。
 カインは「はあ」と呆れたように呟いた。
「わかったよ。今はそれで」
 オーエンは芋に齧り付く。ねっとりと甘い味に思わず頬が緩んだ。