最近オーエンの様子がおかしい。
まず、魔法舎の中で姿を見かけることが減った。外出しているのかと思えばそうではなく、自室にこもっているらしい。
さらにおかしいことに、どうもカインのことを避けているようでもある。食堂で鉢合わせることもあるが、カインの姿を見るとすぐに部屋に戻ってしまう。他の魔法使いに聞いたところによると、カインが魔法舎にいない時間を見計らって食事を取りに来ているらしい。
カインはむむむ……と唸る。オーエンは気まぐれで、呼んでいないのににやにやとしながらカインのところに寄ってくることもあれば、カインが食事か何かに誘うと不機嫌な様子でけんもほろろに断ることもある。それでも、数日間に渡って避けられるというのは今までになかったパターンだ。
しかし、原因はその日の昼にあっさりと明かされた。
「オレがカインは卵を容赦無く割るから気をつけろって忠告したからじゃないか?」
談話室にいたヒースクリフとシノに「最近オーエンの様子がおかしい気がするんだが」とカインが話を切り出すと、シノが当たり前のような顔をして答えた。
「卵?」
「この間依頼を受けた銀の卵屋から、お礼にひとつずつ銀の卵をもらったんだ」
ヒースクリフは魔法の力で孵る不思議な銀の卵の話をした。卵からは銀細工が産まれてくるらしい。
「へえ」
「それでオーエンに『カインは名前を付けた卵のことも容赦なく割る奴だから気をつけろ』って言ったんだ」
カインがきょとんとしているとシノは呆れた顔をした。
「忘れたのか? 前にニックを真っ二つにしてただろ」
「あー! あの冗句魔道具か! いや、あれは見るからに怪しかったからで、分別なく卵を斬りつけたりはしない」
「オレも半分冗談のつもりだったんだけどな」
「オーエンが思ったより真に受けちゃったんだね……」
とんだ誤解だが合点はいった。要するに貴重な卵を置いた私室を長い時間空けておきたくないし、カインを近づけさせたくもないということらしい。
「今に孵るだろ。オレの卵は昨日孵った。──見たいか?」
シノは見せたくてたまらないという顔をしていた。その様子にカインはふっと笑みを漏らした。
毎朝の習慣でカインは魔法舎の周りを走っている。中庭を通りがかると頭上に人影を見つけた。今日はまだ誰とも会っていないから、そこにいるのが誰なのかはすぐに分かった。
「オーエン」
声を張って呼びかけた。なにしろ彼は五階にある自室の窓枠に腰を下ろしているのだ。片足を窓枠に立てて、片足はぶらぶらと窓枠の外に垂らしていた。
カインの声に気づいたのか、オーエンは下方に目を向けた。朝日が眩しくて、カインは目を細めてオーエンを見上げる。ここ最近のオーエンだったら部屋に戻って窓がぴしゃりと閉められたはずだ。けれど、今日の彼は動かずにカインを見ていた。
「そっち、行っていいか?」
オーエンは頷いたように見えた。
「《グラディアス・プロセーラ》」
呪文を唱えると壁を軽く蹴る。ふわり、とカインの体が浮いて、オーエンの部屋の窓枠に手が届いた。オーエンの横に座る。窓枠は二人並んで座るには窮屈な幅だった。
「銀の卵、孵ったのか?」
「今朝ね」
カインが尋ねるとオーエンは頷いた。
「俺が卵を割ると思って避けてたんだろ? 別に俺は卵を割るのが趣味なわけじゃない」
「は?」
オーエンは心底意味がわからないという顔をしていた。
「違うのか?」
「騎士様が僕の卵を壊そうとしたところで、僕に敵うと思ってるの? おまえには百年経っても解けない守護の魔法もかけてあったんだけど」
言われてみればその通りだ。たとえカインが全力卵を割ろうとしてもオーエンは難なく守ることができるだろう。
「じゃあ……」
オーエンはしばらく黙ってからぽつりと零した。
「騎士様といると変な感じになるから」
「変な感じ?」
オーエンは憮然とした顔でカインの視線から逃れるようにそっぽを向いた。
「銀の卵から生まれた銀細工は、温めた魔法使いが心の中で望む姿になるって」
オーエンはつまらなさそうに言った。
「おまえといると本当の望みじゃないものが生まれてきそうで嫌だったから」
それは意外な言葉だった。カインがその意味を飲み込む前に、オーエンは身を翻した。
「それって……」
「もういいでしょ。出てって」
ぐいっと背中を押される。「五階なので突然落とされると困る」と文句を言おうとしたが、振り返ったオーエンの顔がいつになく朱に染まっていたことに驚いて言葉が止まる。その様子を見て、オーエンはそのままカインを窓の外に押し出した。
咄嗟に呪文を唱えられたのは、これまでの修行の成果だろう。オズに感謝しなくてはと十分減速した状態で庭の茂みに突っ込んだカインは思った。とんだ目には合ったが、しばらく忘れられないものを見てしまった。
オーエンの望みを形にした銀細工がどんなものだったのか。見てみたい気持ちは合った。果たして彼が予想しうる形だったのかそれとも──。
今訪ねてもおそらく見せてくれないだろう。今はそれでもいいとカインは思っていた。髪や体についた葉っぱや土を払う。
いつかは──と期待するくらいの縁が二人の間にはあるのだから。