星を見上げるとき、いつだって一人だった。
ヴィネイター流星群が再びやってくる。そのニュースを聞いて主に若い魔法使いたちは喜んだ。魔法舎近くの森でみんなで見ようと企画して、年長の魔法使いたちもそれに賛同した。
けれど、オーエンはその話を聞いても冷ややかだった。
「なんでそんなものに僕が行かなくちゃならないの」
みんなで夜空を見上げるだなんて、なんだか馬鹿の集まりみたいだとオーエンは思う。
北の魔法使いが乗り気でないのは予想していたから、賢者も他の魔法使いたちも残念だとは思っても強くは誘わなかった。カインを除いて。
「なあ、本当に来ないのか?」
カインはオーエンに断られてから毎日のように問いかけた。
「行かない」
「なんで?」
「なんでって……なんで大勢で空を眺めないといけないんだよ」
「大勢じゃなきゃいいのか?」
それは会話の揚げ足取りだった。ただ、一瞬オーエンは言葉を詰まらせたので、カインはその隙に言い募る。
「じゃあ魔法舎の屋根の上で、俺と二人で見よう」
「は? なんで?」
「大勢じゃないからいいだろ?」
「そういう問題じゃ……」
「じゃあ明日の夜、魔法舎の屋根の上で」
珍しくカインは強引に話をまとめた。
オーエンはカインの誘いを無視することができた。けれど、それはなんだか逃げているように思えて癪だった。それに、大勢で夜空を見上げるのは馬鹿馬鹿しいが、カインというおまけが一つ付いてくるくらいならいい。
「オーエン。来てくれてありがとう」
カインが笑顔でそう言うと、オーエンはふんと顔を逸らす。
「それで――空を見上げればいいの?」
オーエンはカインの隣にどかっと腰を下ろした。
「そうだな。もう星が流れ始めてる」
カインが言う間にも星が一つ流れた。星の明るい夜だ。〈大いなる厄災〉は細長い三日月で、月明かりはか細い。星の瞬きがはっきりと見える。
オーエンは素直に夜空を見つめていた。その目にはなんの感情も映っていない。
「こうやって星を眺めたことはないのか?」
「それくらいはある」
馬鹿にするなよとカインを睨む。
「一人で」
「そう」
「どうだった?」
オーエンは首を振る。
「どうもこうも星が流れているなって思うだけ」
系譜の流星雨という言葉を初めて聞いたのは何年、何十年、何百年前のことだっただろうか。「なんだそれは」というのがオーエンの素直な感想だった。師も弟子も、彼にとってはとても縁遠いものだったからだ。
一人で生きて、一人で夜空を見上げてきたオーエンに、系譜はない。
「なんで一緒に流星雨を見たかったの?」
オーエンが尋ねると、カインは照れ臭そうに告げる。
「オーエンと同じ光景を見てみたかったから」
「同じ?」
「ああ。オーエンが一人で見上げてきた景色を、一緒に見てみたいと思ったんだ」
「どうして?」
「わからない?」
カインは困ったような顔をした。それから彼は首を振って答えた。
「いつかオーエンがわかるまで、こうやって一緒に流星雨を眺めたいな」
星が次々に流れる。
何がわかるのだろう。二人で見上げたって、一人で見上げたって、夜空が変わることはないのに。
§
オーエンは北の国にいた。真っ白な大地の中に一人で立っている。
「よっ、オーエン。久しぶり」
場違いに賑やかな声にオーエンは振り返った。
「騎士様、北の国までどうしたの?」
「今夜は流星雨が見られるって聞いたから迎えにきたんだ」
オーエンは苦笑する。
「またそれ?」
「別にいいだろ」
カインは流星群を何度でも一緒に見ようと言った。それは約束ではなかったし、叶えられないこともあった。けれど、カインは都合が許せばこうしてオーエンに会いにきては流星群を見ようと誘う。カインの左目が嵌っているせいか、どこにいてもカインはオーエンのことを見つけた。
「ここ、すごく天気が悪いけど」
「夜は晴れるってスノウとホワイトが言ってたよ」
カインはオーエンに向かって手を伸ばす。拒む理由はもうなかった。
星が流れる。隣にはカインがいる。いつか見たときと同じように。
「ブラッドリーにも会ったよ」
「へえ。いつ?」
「二、三週間くらい前かな。相変わらずだったよ」
カインは他の賢者の魔法使いたちの話をする。魔法舎での生活が緩やかに解散して以降、オーエンはもうしばらく誰とも会っていなかった。元々オーエンは誰かとつるむ性質ではない。カインと違って。
カインの話を聞くのは悪くなかった。彼の世界はごちゃごちゃとしていて、賑やかで、時々覗くのにちょうど良い。
「オーエンは?」
「特に何も変わらないよ」
「一人で寂しくはない?」
どうだろう。寂しいと思っていたら自分はこんな風に北の国で暮らしたりはしない。時々人の大勢いる市場に顔を出して、人間や若い魔法使いを揶揄う。それだけで十分満たされていた。
カインの言葉にオーエンはゆるゆると首を振った。
「別に」
その言葉が少しだけカインを傷つけるということをオーエンは知っていた。でも、それが本当のことなのだから仕方がない。
「そっか」
カインはなんでもない顔を作って頷く。
一緒に流星雨が見たい。カインがそう話した理由をオーエンは今もわからないままだ。
ただ――。
「また誘って」
「え?」
カインは惚けたような顔をした。
「流星雨の夜に。何度でも僕に会いにきて」
いつかわかる日が来るかもしれない。永遠に来ないかもしれない。それでもカインと夜空を見上げる時間はオーエンにとって悪いものではなかった。
「何度でも、流星雨の夜にはオーエンを誘うよ」
そっとカインの手がオーエンの手に重ねられる。二人分の温かさがそこにはあった。