歩き方も、声の出し方も、誰に教わったことはない。魔法の使い方だって気がついた時には知っていた。
だから、その質問はオーエンにとってとても意外で、まさしく不意を突かれたものだった。
「歌を、どこで覚えたんだ?」
隣でカインが身動ぎする。そのせいで毛布がカインの方に引っ張られて、裸の肩がひんやりとした空気に触れた。オーエンは引っ張り返して左肩を毛布の中に収める。2人で眠るには、ベッドも寝具も小さすぎた。
「寝てたんじゃないの?」
「さっき目が覚めた」
まだ窓の外は暗く、夜明けの気配もない。退屈しのぎに思わず口ずさんでいた歌を聞かれていたらしい。
うつ伏せのまま頬杖をついて頭だけを起こしていたオーエンは、カインのことは見ずに窓の方へ視線をやった。雑に閉められたカーテンの隙間から<大いなる厄災>の光が、眩しいほどに差し込んでいる。隣にいるカインはオーエンの方に寝返りをうって、彼の顔を見上げていた。
「歌って、覚えるようなもの?」
囁くオーエンの声はそれ自体が歌のようだ。
「聞いたことのある曲を歌っているんじゃないのか?」
カインは純粋にそれが気になるという風だった。
「わからない。聞いたことがあるとすれば森の中の小鳥たちが歌っていたのかも」
オーエンにとってはどうでも良いことだった。生まれた時から知っていた、それだけのことのような気がする。
「歌わないのか?」
「子守唄なんて、歌わないよ」
オーエンは口の端をあげて笑う。横目でカインの反応を見ると、思いの外残念そうな顔をしていた。
「じゃあ寝ないのか?」
その質問には呆れてしまった。
「……よくもまあ騎士様は僕の前ですやすや寝息を立てられるよね。もう片目も取られたい?」
蜂蜜色の瞳が揺れる。
「俺がいるから眠れないのか」
「は?」
オーエンにとってカインなど、寝首をかかれたって大したハンデにはならない。ただ、誰かの側で眠るということが、あまりに珍しく、奇妙で、目蓋が重くならなかったというだけだ。こうしていても目に入るのは<大いなる厄災>の光と、せいぜいすぐ側にいるこの男の顔ばかりだというのに。
その時、オーエンの耳に音が聞こえた。柔らかく、少したどたどしい。ところどころ歌詞があったりなかったり。おそらくは記憶を辿って歌っているのだろう。ゆっくりとしたテンポで旋律が紡がれる。
「子守唄、歌ってやるから」
「はあ? なんで下手くそな歌を聞かされないといけないわけ」
「お前ほどは上手くないかもしれないけど……こういうのは雰囲気だろ? 雰囲気!」
単純な子守唄の旋律は少し聞けば覚えられる。オーエンは歌を重ねた。下手な歌をからかってやるつもりだったのに、存外隣にいる彼は嬉しそうな顔をしている。
この歌は、きっとカインがどこかで聞いた曲なのだろう。誰かが彼のために歌った歌。オーエンは自分のために歌われた旋律を知らない。この歌が「そう」だとも認めがたい。それでも、この響きがここにはないオーエンの魂を揺らす。空っぽの体に痕を残す。
「馬鹿馬鹿しい」
そう呟いて、オーエンは歌うのをやめた。毛布の中に潜り込んで目蓋を閉じる。それでも毛布越しには明るく伸びやかな歌声が聞こえた。