お前のものは僕のもの

 年の瀬が近づくと、中央の国の首都は俄かに活気付く。新年を家族と祝うために、人々は年越し支度をする。カインからその話を聞いた賢者は、生まれ育った国との類似に破顔した。
「私がいた世界でも年末年始は賑やかでしたよ。年越し支度をして、年が明けたら初詣に行って」
「初詣……?」
 カインは賢者の言葉に疑問符を浮かべた。
「えっと、神社……こちらで言うと神殿になるんでしょうか? そこに今年一年健やかに過ごせるようにお祈りをしに行くんです」
「へえ」
「神社までの道のりに出店があって、今年一年の運勢を占うおみくじっていうのを引いて、楽しいイベントなんですよ」
「なるほど。こっちじ中央の国や西の国は新年を盛大に祝うな。東の国や南の国はそれほどじゃない。北の国の事情はよくわからないが……」
「国によっても違うんですね」
 買い物をしに市場に行こうとしたところで、カインから声をかけられた。この時期の街中は人々と活気で溢れかえっているらしい。
「楽しいだけならいいんだが、治安も悪くなる時期だから。俺が付いていけたら良かったんだが」
「大丈夫ですよ。私も街を歩くのには慣れてきたので」
 カインは厄災の与えた傷のせいで、人に触れるまで視認することができない。限られた者しか出入りしない魔法舎では大きな問題にならないが、人混みの中ではただ歩くのにも不自由する。
 カインはパチパチと瞬きした。ここでは賢者のこともはっきり見えるので余計にもどかしいようだ。
「見えない上に賑やかだと音で判断するのも難しいからな。護衛にもならないなんて面目ない」
「そんなことないですよ。こうやってこの世界のことを教えてくれるだけで、私の力になります」
 賢者はマフラーを巻いて、毛皮の帽子を被る。これはクロエが作ってくれたものだ。
「他に誰かいればいいんだけど。レノックスもミチルとルチルと一緒に南の国に帰ってしまったからな」
「本当に大丈夫ですって」
 その時、何もない空間から声が聞こえた。
「誰がいればいいって?」
 背中側に流した賢者のマフラーの裾が浮かんだ。
「オーエン」
 賢者が振り返るより前にカインの目が賢者の背後を射抜いた。振り返るとオーエンが賢者のマフラーの裾を手で弄んでいる。
「オーエン、突然現れるとびっくりします」
「はは。命でも狙われたと思った?」
「魔法舎なので、そんな心配はしません」
 オーエンは一笑に付す。
「賢者様はおでかけ? 騎士様も一緒に行くの?」
「市場に行くんです。──そうだ。オーエンも一緒に来ませんか? カインも」
「行く」
 意外にもオーエンは素直に頷いた。カインはそれを聞いて少し迷ってから同行すると告げる。
「それじゃあ行きましょう」

「気を遣わせたな」
 ぽつりと漏らしたカインの言葉をオーエンは聞き逃さなかった。
「何?」
「……俺が護衛にもならないって言ったこと」
「そんなこと言ったの、騎士様は」
 カインは周囲の気配に気を配るがこれだけ人が多いと正面衝突しないように歩くだけで必死だった。オーエンや賢者の歩く後を着いていくしかないのだから情けない。
「目を塞がれると不便だ」
 五カ国和平会議の時もそうだった。敵の攻撃が見えないというだけで不利になる。
「今更気づいたの? あれは一番大事な物に傷をつけたんだから」
 大いなる厄災がつけた傷は、信念とか誇りとか──そういう目には見えない魔法使いの本質に傷をつける。あれは、一番見せたくない姿を曝け出させているのだ。
「情けないことは言ったけど、そう簡単に傷ついてたまるか」
 カインははっきりと言い放った。オーエンはそれを聞くと満足げに目を細めた。
「こんな街中で会うのはせいぜいスリくらいでしょ。いいんじゃない?」
「良くないからちゃんと見てやってくれ」
 オーエンは気が向かない顔をする。それを見たカインは仕方がないなと苦笑して一つ提案をする。
「甘いもの、なんでも買ってやるよ」
「本当? なんでも?
 言質をとったといわんばかりにオーエンは不敵に笑って、賢者の隣を歩く。カインはその少し後ろをついて行く。
「オーエン。機嫌がいいですね」
 賢者は自分の側にやってきたオーエンに声をかける。
「僕は人混みが好きだからね」
 そう嘯いて、オーエンは少しの間カインの代わりに騎士の真似事をしてやろうと思った。

 賢者の買い物を終えると三人は食べ物の出店が並ぶ通りに立ち入った。
「あれが食べたい」
 オーエンは棒に刺さった真っ赤な物を指差す。
「あれなんなんですか?」
「りんご飴だな。りんごに飴をかけてある。こういう出店ではよく売ってるな」
「なるほど。似たような物を知ってます」
 カインはりんご飴を三つ買い求めるとオーエンと賢者に渡した。オーエンは賢者の魔法使いの証が刻まれた舌でぺろりと飴を舐める。
「どうだ?」
「甘くて美味しい」
 オーエンのりんご飴はあっという間になくなっていく。飴の下にあるりんごを齧るとオーエンは少し眉を寄せた。
「りんご飴って食べると舌が真っ赤になるんだよな」
 カインはそう言いながらオーエンの方を向く。オーエンの視線はカインの手元にあった。
「ちょうだい」
 オーエンの舌がカインの手に持っているりんご飴に伸びる。無遠慮に飴を舐め取る。
「お前まだ食ってるだろ?」
「中のりんごが酸っぱい」
「わがまま」
「うるさい」
 オーエンはカインの持っているりんご飴に齧り付くと、いつか強奪した蜂蜜色の瞳を輝かして告げる。

「おまえのものは全部僕のものだよ」
 りんご飴も賢者の隣に並ぶ役目も、欲しいものは欲しい時にもらってやる。