5章 夜更けの解決編

 長い話になりそうだからとヒースクリフが入れてくれたコーヒーの匂いが漂っている。私はミルクと砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜると一口啜った。ミルクと砂糖で緩和されたささやかな苦味が、疲れた脳を叱咤する。
 じゃんけんで決めた順番通り、最初にブラッドリーが口を開いた。
「この事件、犯人はカーターとサラの共犯だ。それで説明がつく」
 先ほどシノと同時に犯人の名前を挙げたとき、ブラッドリーが答えとして挙げたのがこの二人だった。
 彼は足を組み直すと最初から説明を試みた。
「最初の事件、オブジェが落ちる仕掛けを作ったのはハラルドだ。普段温室に鍵がかかってないってんなら、仕込むのは簡単だろ」
 私たちが到着する前から島にいたハラルドさんには、いくらでも仕掛けるチャンスがあった。私は頷いて先を促す。
「結論から言えばあれは事故だ。あんな仕掛け、確実性には欠ける」
 ブラットリーは手のひらを振った。
「オブジェを落とせる範囲は限られていた。勢いをつけて落としても、あの重さじゃ真下にしか落ちないだろう。ということはだ─階下にいたやつを確実に殺すためには、あの場所に立たせ続ける必要がある。温室には珍しい植物もあったが、それならもっと近づいて見るのが普通だろ。あんな中途半端なところに立ち続けるのは不自然だ。しかも、気が変わってちょっとでも移動したらどうなる? 当たりどころによっては殺すことができねえ」
 マリーさんが亡くなっていたのは、温室一階部分の中央よりやや奥。特に座る場所があるわけではなかったし、花を見て偶然立ち止まるにしても、花が並べられた壁際に寄るのが普通だろう。遺体があった場所は長い時間佇む場所には思えなかった。
「だから、元々あの仕掛けは誰かを脅かす程度の悪戯に過ぎなかった。本当に人が死んじまったからお坊ちゃんはあんなに動揺してるってわけだ」
「仕掛けを考えたのはハラルドさん本人だと思いますか?」
「いや」
 ブラッドリーは言葉を一度切った。
「あくまでもハラルドはカーターとサラに上手いこと使われただけだろう。あくまで犯人はこの二人だ。」
 彼の言葉には躊躇いがなかった。私はまだその推理を採用するとも、否定するとも決められず、先を促した。
「わかりました。続けてください」
「第二の殺人。この館の主人を殺した方法は簡単だ。夜中に部屋まで行って、なんらかの手段で殺害。バルコニーの窓を開けた状態で鍵を閉めて部屋を出た」
「待ってください。その鍵はクリストフさんの部屋の中にあったはずですよね?」
 私の問いに答えたのはブラッドリーでなくネロだった。
「賢者さん。あの時、鍵が部屋にあるのを見つけたのはいつだった?」
「いつ……」
「鍵を最初に見つけたのはたぶん俺だ。ベッドの上のマナ石を見つけて、それから部屋を出ようとした時に、棚の上に鍵があるのに気づいた。つまり、あの鍵が俺たちが部屋に入る前からそこにあったのかはわからない」
「つまり、あの時クリストフさんの部屋にいた誰かが、持っていた鍵を棚の上に戻したってことですか?」
 ネロは頷いた。確かに私たちはクリストフさんの行方─そしてベッドの上で見つかったマナ石に気を取られていた。私もあの時一緒にいた人たちがどう動いていたか正確には把握していない。誰かが鍵をこっそり戻したのだとすれば、あの部屋は密室でもなんでもなかったということになる。
「あの時、部屋にいたのは俺たちに加えてアリサとサラ、この二人だった。カーターとサラが共謀して父親を殺す。鍵はサラが持っておく。部屋が斜向かいだから、無理やり伯爵の部屋の扉を開けることになっても、その中に混ざることは容易い」
 ブラッドリーとネロの推理は可能性として否定できない。
「窓が開いていたのは?」
「不用意な痕跡が残るのを気にして元から開いていたのをそのままにしていたのか、あるいは侵入者がいることを疑わせるようにあえて開けたかのどちらかだろ」
 この質問に対するブラッドリーの回答はやや歯切れの悪いものだった。ネロもそれ以上のアイディアは持っていなさそうだ。
 窓が開いていたことに強い必然性はない。その可能性は十分あり得るものだったが、私の中で何かが引っかかる。
「タリンさんの殺害は……?」
「あれも一緒だ。普通に殺して、鍵をかけて出てくる」
 ブラッドリーはポケットの中から鍵を取り出した。
「この館の鍵は、部屋番号の書いてあるプレートを外してしまえばせいぜい鍵に埋め込まれて石の色くらいしか違いがない。犯人は殺害後、タリンの口の中に自分の部屋の鍵を突っ込んで、自分はそのまま部屋にあったタリンの部屋の鍵を使って扉を閉めればいい」
 言われてみれば遺体の口の中にあった鍵がその部屋の鍵だったかを確かめてはいない。私は呆気に取られて、それから負け惜しみにも似た感情を覚えた。
「確かめたらすぐに気付かれるようなことをやりますか……?」
「けど、てめえは確かめてない」
 その通りだ。私はその可能性に全く気がついていなかった。私たちは捜査をするプロじゃないから、当然見落としているものも多いはずだ。
「あとは隙を見て鍵を入れ替えてしまえばわからないってことか。ま、タリンの部屋の鍵は俺が預かることにしたわけだけど」
 カインはプレートのついた自分達の部屋の鍵を出した。鍵そのものはブラッドリーの持っている鍵と区別がつかない。
「鍵についてる石の色は庭側の部屋だったら赤、海側の部屋だったら青ってことだろ? カーターの部屋もサラの部屋もタリンと同じ庭側の部屋だ。鍵のすり替えはどっちでもできる」
「待ってください。二人とも十七時以降は談話室にいたことをブラッドリー自身が見ていますよね?」
 雨が止んだ十七時以降、彼らが談話室でチェスをしているところをブラッドリーは見ているはずだ。殺害して戻ってくるだけの時間、席を外していなかったと、他ならぬ彼が証言した。
「殺すのならともかく、部屋に入って窓を開けて、死体の口に鍵を放り込んで出てくる。これなら一分もあればいい。それこそトイレに行くついでやれるぜ」
 室内に雨が吹き込んだ様子がないことから私たちは殺害時間を雨が止んだあとだと推定した。その時間帯にアリバイがあれば容疑者からは自然と外していた。元から密室を作るつもりはなく、雨が降ったことと談話室にブラッドリーが来たことから、鍵のすり替えを思いついたのだとすれば─。
 ともあれ、この推理が成立するのは、タリンさんの口の中に入れられた鍵が彼の部屋のものでなかった場合だけだ。タリンさんの部屋の鍵はカインが預かっていて今ここにあるから、このあといくらでも確認できる。タリンさんの部屋がこの鍵で開かなければ、ブラッドリーとネロの推理は正解ということになる。
「わかりました。タリンさんの部屋の鍵はこのあと確かめればわかることですね。先にシノとヒースクリフの推理を聞いてもいいですか?」

 

「マリーさんの事件は、俺たちもブラッドリーとネロの推理通りだと思います」
 ヒースはおずおずと語り出した。
「ただ、俺たちはハラルドさんとマリーさんの悪戯だったんじゃないかって」
 シノは自分の服の袖口を示した。
「服についていたインク。あれは血糊だったんじゃないか」
「血糊ですか? なんのために」
「俺たちを驚かすためです」
 ヒースは胸の前で指を組み直した。
「血まみれの女の子が温室の中で悲鳴を上げていたら駆けつけるでしょう。そこにあのオブジェを落とす」
「まあ……驚きはしますね」
「この島はハラルドさんとマリーさんにとっては自分達の家でしょう。外からやってきた大人や俺たちを揶揄うつもりもあったんじゃないかと」
 ヒースクリフの語るのはあくまで推測だ。けれど、彼女の衣服についていた赤いインクの謎は解ける。
「温室の鍵を閉めたのもマリーさん自身です。あのオブジェを俺たちの前に落として驚かせるつもりが、なにかの拍子で、想定外にオブジェが落下して彼女はその下敷きになった」
「つまり、マリーさんが亡くなったのは事故で、この後の事件には関係ないということですか」
「はい」
 私はヒースクリフとシノに向かって頷き、続きを促した。
「そして、クリストフ伯爵とタリンさんを殺したのは─つまりこの事件の犯人は、ナッドさんだと思います」
 シノが先ほど口にした犯人の名前をヒースクリフは繰り返した。
「クリストフ伯爵の部屋へはやはりバルコニーから侵入したのだと思います。殺してまたバルコニーから部屋を出た」
「使ったのはこれだ。《マッツァー・スディーパス》」
 シノが呪文を唱えると彼の手の中に木の板が収まっていた。
「これをバルコニーから隣のバルコニーに渡してその上を歩けば、同じ階なら横に移動できる。使い終わったら海に投げ捨てればいいしな」
「これ、どこから持ってきたんですか?」
「温室の裏手に重ねてあった。庭仕事にでも使うんだろう。ひとつくらい持ってきてもバレない」
 幅は大体三十センチ。長さは二メートルほど。バルコニー間に渡すことができる。階段を挟んだ部屋と部屋の間もぎりぎり足りるだろう。
「昨日の夜はかなり雨も風も強かった。その中をこの板で渡るのはかなり怖くないか?」
「人を殺すのだって十分怖いよ。だから、そんなことをしようと思っている人なら、リスクを冒したっておかしくない」
 カインの疑問にヒースクリフは答えた。
「窓ガラスが開いていたのはどうやったと思いますか?」
 私の問いにヒースクリフはほんの少し表情を崩した。
「それだけがわからなくて……。侵入者とはいえ、家族がいたから思わず開けたのか、もしくは偶然鍵が開いていたのか。とにかくバルコニーから部屋の中に入って伯爵を殺害して、帰りは同じようにバルコニーから自分の部屋に戻ったのだと思います」
 このやり方だと殺害できたのはクリストフさんと同じ三階海側の部屋の人だ。アリサさんかナッドさんか。足の悪いアリサさんには不可能だと考えればナッドさんしかいない。
「わかりました。タリンさんの殺害は?」
「これを使った」
 シノはポケットからロープを取り出した。先に大きめの輪ができている。
「タリンさんの部屋は二階。真上の部屋は空室で誰でも自由に出入りすることができました。上の階からこのロープの輪を下の回の窓に向かって下ろします」
 シノはロープの輪をぶら下げるようにして持ち替えた。
「窓からタリンさんが首を出すと、この輪の中に頭が入ります。その状態でロープを引っ張ると……」
 上階から引かれたロープの輪は彼の首に絡まり締め上げることになる。
「ロープを引っ張って口の中に手が届くところまで引っ張り上げてから鍵を口の中に入れて下ろせば、オレたちの見た犯行現場の出来上がりだ」
「待て待て。鍵はどうしたんだよ」
 ブラッドリーが疑問を呈する。タリンさんの鍵をどうやって入手したのかが語られていなかった。
「鍵はタリンさんの部屋から持ち出したんだと思うんです」
 ヒースクリフは説明を続けた。
「ナッドさんは殺害前にタリンさんの部屋を訪れます。俺たちもそうですが、部屋の鍵は大体部屋のどこかに出しっぱなしで置いてますよね。それをこっそり取ってポケットにでも隠します。それからタリンさんの部屋を出る。タリンさんはナッドさんを送り出した後に、部屋に鍵をかける。─ここの部屋は鍵を使わなくてもつまみを捻れば錠を下ろすことができます。だからタリンさんは手元に鍵がないことに気づかなかった」
 魔法舎の私たちの部屋がそうであるように、外から部屋の鍵を開けたり閉めたりするためには鍵が必要だ。けれど内側から鍵を開け閉めする分には鍵はなくても良い。鍵がなくなったとしても、部屋を出るまでそれに気が付くことは難しい。これもまた盲点だ。
「それからさっき説明したように上階からタリンさんの首を絞めて殺害し、彼の口の中に鍵を入れておけば、密室の完成です」
「どうやって窓の外に首を出させたと思いますか?」
 ヒースクリフは少し考えてから答えた。
「なんでもよかったと思います。上階から声をかけたんじゃないでしょうか。窓はもともと開いていたのかもしれません。例えば『虹が見えるよ』とか」
 私は想像する。ついさっきまで話していた兄弟の声が窓の外から聞こえきて、窓から首を出す。そこに罠があるとも知らないで。これが真実なら、あまりに不憫だ。
「遺体の首についていた傷からすると、ロープよりもっと柔らかいもので絞められたみたいだった」
 カインの言葉にシノが反論する。
「ロープに布を巻いてあったのかもしれない」
「それなら首筋にロープの痕がなくてもおかしくないか」
「いえ、おかしいです!」
 私はカインたちとタリンさんの部屋を調べた時のことを思い出した。
「カインはタリンさんの部屋の上階から侵入できないか試してくれましたよね。ロープを使って」
「ああ」
「あの時ロープが擦れて窓枠には傷ができてました。だから、もしシノとヒースクリフが考えた方法で殺害したんだとしたら、窓枠に何か痕跡が残ったんじゃないですか?」
「確かに。俺が見たときはそれらしい傷はなかったな」
「気がついていないだけじゃないのか?」
「流石に気が付くさ。注意深く見ていたし」
 カインは自信を持って答えた。
「それもこれから確認しましょう」
 ブラッドリーとネロ、ヒースクリフとシノ。どちらの推理もそれなりに筋は通っている。ただし、どちらにしても証拠がない。犯人を告発するのならば、確かな証拠が必要になる。私は何かが引っかかってしょうがなかった。何かを見落としているような、そんな気持ちを駆り立てられている。
 

 

「で、結局どっちもハズレじゃねえか」
 ブラッドリーは乱暴に足をテーブルの上に乗せた。
 私たちは推理の裏付けをしに行った。まずはタリンさんの部屋。カインが回収した彼の口の中に入っていた鍵は確かに彼の部屋の鍵だった。それから彼の部屋の上階にある空き部屋を訪れた。窓枠の傷を確認するが、カインがつけた傷しかない。
 気がつけばもう日付が変わるところだった。殺害方法という意味ならば、どの推理も可能性としてあり得るものだった。物証から否定されたものもあるけれど、可能性を考え続ければ、物証で否定されない推理はいくらでも生まれてくる。
 実際、私はクリストフさん殺害については、もっともらしい推理を一つ思いついている。けれど、これもまた、はっきりとした物証のない想像でしかなかった。元の世界で見ていた推理ドラマならば、警察が死体や殺害現場を検証することで可能性は絞られていく。けれど、この世界にいる素人の私たちは無数にある可能性を並べていく以上のことはできない気がした。
 そうであるなら、私たちがすべきなのは「どうやって」ではなく「どうして」と理由を追うことなんじゃないだろうか。魔法すら存在するこの世界で、それでも心だけは偽れない。
「賢者様は何か気づいたことはありませんか?」
「えっ?」
 アーサーに問われて、私は思わず声をあげた。
「すみません。先ほどから何かを気にしているようでしたので……」
「推理を聞いていて思ったんです。このカースン家の人たちが犯人だとして動機はなんだったんだろうって」
「そりゃ次期当主の選定だろ」
「はい。でもその場合、例えばカーターさんとサラさんが共謀してクリストフさんを殺す理由がないんです」
 私は思考をめぐらしながら話す。
「クリストフさんが死んだ時、私は次期当主を決める話は一度流れると思ったんです。アーサー。中央の国ではこういう風に当主が亡くなったら誰が継ぐものなんですか?」
「次の継承者は正式な書面で指定されていなければ長子が継ぎます」
「そうですよね。だからクリストフさんが死んでしまったら、アリサさん以外が当主になるチャンスが消える可能性だってあったと思うんです」
 実際はクリストフさんが当主選定の続行を望む書面を残していたから、今も私たちはこうしてここにいる。けれど、その書面を受け取ったのはアリサさんだった。他の兄弟たちは、父親が亡くなっても投票による次期当主の選定が続けられることを知っていたとは思えない。
「逆に、ナッドさんにはクリストフさんを殺害する動機があったのかもしれません」
 父親と魔法使いへの嫌悪がそのまま殺意に繋がると決めつけることはできない。しかし、彼が犯人ならば、当主選定とは関係なくクリストフさんを殺害する理由はある。
「その場合、タリンさんを殺した動機がわかりません。少なくとも、お二人と話した限り、仲が悪いという印象は受けませんでした」
 むしろ、兄弟の中でも仲が良いという印象さえあった。わざとそう見えるように装っていた? わからない。
 けれども、タリンさんを殺したいのなら、わざわざこの島で殺す必要はない。二人は一緒に島を訪れた。これまでもこれからも、島の外で会う機会はいくらでもあったはずだ。
「賢者さんは誰を疑ってるんだ?」
 ネロに問われて私は意を決して答えた。
「アリサさんです」
 私は考えていたことを話す。みんなと違って、私は全ての事件に答えを出すことはできなかった。それらしい推理ができたのはクリストフさんの殺害事件だけだ。
「クリストフさんは魔法使いでした。つまり殺害しても遺体が残らない」
 正確には残るのは砕け散ったマナ石だけだ。そして、石になってしまえばそこにいたのが誰だったのか、私たちは認識することすらできない。
「クリストフさんはバルコニーの上で殺されたんだと思います。例えば、ボウガンや拳銃で」
 一発で殺さなければならないと考えれば銃だったのではないかと思う。あの日は雷の音がうるさい夜だったから銃声が紛れることを期待できたのかもしれないし、なんらかの方法で銃声を消すことができたのかもしれない。
「亡くなったクリストフさんは石になります。そうなってしまえば少し長い棒のようなものがあれば隣の部屋のバルコニーからでも海に向かって払い落とすことはできたんじゃないですか」
 バルコニーの柵は転落を防止するためのもので、人間の体が通り抜けられるものではない。けれど、砕け散った石ならば容易に払い落とすことができる。残った衣服や靴も隣のベランダから海へと落とす分にはそう難しくなかっただろう。
「確かに……!」
 カインが声を上げる。
「この方法で殺せたのは隣の部屋だったアリサさんだけです」
「ベッドの上のマナ石はどうした?」
 ブラッドリーが尋ねてくる。
「あの時、最初にマナ石を発見したのはアリサさんでした。ブラッドリーとネロの推理と一緒です。あらかじめ用意しておいたクリストフさんの寝間着とマナ石を用意しておいて、あの場に置いたんです。さも自分が発見したように」
 アリサさんは長いストールをかけていたし、隠すことはできたのではないかと思う。人間の遺体と違って魔法使いが遺すものはあまりに少ない。
「動機は?」
「わかりません。タリンさんを殺した方法も」
 動機の線から考えていったにも関わらず、私もまた彼女がクリストフさんを殺した理由は思いつかなかった。当主の座を手に入れるためという最もらしい理由はあるが、しっくりこない。
 それに、私はアリサさんがタリンさんを殺したとも思えなかった。マスターキーを持っている彼女はいくらでも部屋に侵入できる。それならばタリンさんを殺害した部屋の鍵は開けておいた方が自分が疑われずに済む。その上、タリンさんは絞殺だった。年老いた女性が、自分よりも体格の良い男性を絞め殺すのは難しい。
「クリストフ伯爵の殺害に関しては賢者様の推理が一番納得感がありますね」
 ヒースクリフはそう言って頷いた。
「銃だったら音がするだろ」
 シノの疑問にブラッドリーが答えた。
「音の鳴らない銃を入手するのはそう難しくない」
 彼が呪文を唱えると手の平に収まるサイズの拳銃が出てきた。
「これなんかそうだ。魔法陣を刻んでおけばほぼ永久的に効果も残るしな」
 ブラッドリーは乱雑にそれを私に投げて寄越した。
「ブラッドリー、これ……」
「護身用だ。持っとけ」
 使い方もろくにわからないのに持っていていいのだろうかと思いつつ、私はそれをズボンのポケットの中にしまった。なんだか落ち着かない。
「証拠はありませんが、明日アリサ殿と話してみましょう」
 アーサーが告げる。明日にはもうカースン家の当主を決めるための投票が行われる。
「はい」
 私たちはそれぞれの部屋に戻った。

 

 翌朝、庭でアリサ・カースンの死体が発見された。