エピローグ

 長い物語を語り終えて、私はふうと一つ息をついた。外は夕暮れを通り越して、うっすらと闇の帷が下り始めている。
「これでおしまいです」
 クロエはぎゅっと手元のハンカチを握って私の話を聞いていた。ラスティカはいつも通り優雅な仕草でティーカップを傾けている。
「なんだか悲しい話だね」
「クロエは悲しいですか」
 この話をした魔法使いたちの反応は色々だ。痛快な物語として受け取る者もいれば悲劇として受け取る者もいる。幸福な風景を壊した愚かな魔法使いの話でもあり、囚われた檻から脱するための小気味良い物語でもある。
「みんな家族のことが好きだったんでしょう? それなのに殺したり、殺されたり……悲しいよ」
「そうですね」
 私はラスティカにも訊いてみたかった。けれど、彼はどこか沈んだ眼差しで鳥籠の中を見ていて、そのせいか私は一瞬尋ねるのを躊躇した。
「ラスティカはどう思う?」
 私の代わりにクロエが尋ねる。
「マリーさんは記憶を書き換える魔法がお上手だったんですね」
「ええと……はい。本人がそう言っていたので……」
「記憶を操作するのは難しいものです。記憶は人の形そのものですから。どこかを触れば、必ずどこかが歪んでいく。だからそうですね……。僕は歪な物語だったと思います」
 マリーさんは記憶操作で時に姉に、時に妹になって兄弟たちと暮らしてきた。けれど、どれだけ記憶を操作して、美しい家族の風景を作り上げようとしてもそれはどこか歪な形になっていく。きっとそれは満開のまま咲き続ける温室の花のように美しく、空っぽの鳥籠に理想の小鳥を眺めるように空虚な─。
 ラスティカと目があった。なぜだろう。なんとなく心が波立つ。そわそわと落ち着かない気持ちになる。
 彼はそこにあったはずの、けれど失われた何かを慈しむように魔道具の鳥籠を一度撫でた。
「今度のボルタ島は楽しい思い出になるといいね、賢者様。同じ島への招待でもさ」
 クロエに話しかけられて、私ははっと視線をクロエに戻した。
「そうですね。今度はこういう事件が起こらないといいんですけど」
「大丈夫。ボルタ島は素敵なリゾート地ですよ」
 ラスティカは優雅に微笑んだ。それを見て私は安心する。ざわついた気持ちも不思議と収まっていた。

 きっと次の旅は楽しいものになるはずだ。