幸運を腕に抱いて

 雷鳴が轟く。雨が大地を打つ。
 私は思わず口から飛び出そうになる悲鳴を堪えた。
「賢者! 大丈夫か?」
 シノは背後の私に向かって問いかけた。
「はい」
 本音を言えば大丈夫ではなかった。けれど私を後ろに乗せて飛ぶシノの箒を止めるわけには行かない。

 東の魔法使いたちの任務は討伐依頼だった。私は彼らと共に依頼のあった村に赴き、村のすぐ傍にある森に現れた魔法生物を倒すことになった。
 準備は十分にしていた。けれど、予想外だったのは突然降り出した雨。そしてその魔法生物の足が思ったよりも早かったことだった。

「雨のせいで見づらいな」
 シノは眼下を見やると舌打ちをした。魔法生物を探すために東の魔法使いたちは四方に散っていた。雨のせいで視界が悪く、魔法生物も仲間たちの姿も見えない。
 私たちは閃光のように飛んだ。魔法生物の姿を追いかけ、雨を切り裂くように空を舞う。
 再び雷鳴が響く。近い。
「雷……私たちに落ちたりしないですよね」
「さあな」
 シノは短く答えた。
「雷は避けようがないだろ」
「そうですよね……」
「安心しろ。オレは運がいい」
 シノは大きく旋回すると自信に満ちた声でそう言った。
「ヒースと出会えたオレは幸運だ。だから幸運なオレに雷が落ちるはずがない」
 それはとても彼らしい言葉だった。
「信じています」
 私の言葉にふっとシノが笑む気配がした。
 
「見つけた」
「……!」
 シノは箒の先をグッと下方に向ける。重力に引かれるように急降下。私は悲鳴を飲み込む。
「《マッツァー・スティーバス》」
 シノの魔法が魔法生物に絡みつく。魔法生物の足が止まる。
「ファウスト!」
 シノが仲間の名前を呼んだ。すると一瞬の間の後、魔法生物の姿が霧散する。
 このまま地面に落下するのではないかと思ったが、シノは箒を翻して急上昇。上空で旋回して姿勢を立て直した。
「生きてる……」
 私は思わずそう口にした。
「当たり前だろ」
 シノはなんでもないように答えた。雨は幾分弱まり、雷鳴も遠くなっていた。
「シノの幸運のおかげですね」

 幸運を信じ、雷雨を切り裂くように飛ぶ彼は、勇敢な魔法使い。