レノックスはいつもより早く目が覚めた。
空はまだ藍色をしていて、ふんわりと光を抱いている。もう一度眠ろうかと思ったが、上手くいかずそのままベッドから出た。
魔法舎に来る前はこれくらいの時刻に目覚めるのが当たり前だった。夜明けと共に仕事を始め、日暮れと共に仕事を終える。そんな毎日だった。魔法舎に来てからは、朝食を用意してくれるネロやカナリアの都合もあるからと、いくらか遅く起きるようにしている。それでもレノックスは魔法舎で一二を争う早起きだった。
夜と朝のあわい、まだ夜の気配に鎮まる魔法舎の中をレノックスは静かに歩く。その気分はなかなか悪くない。キッチンに寄ってお茶を淹れようか。それとも散歩に行こうか。両方したっていい。そう思ってキッチンを覗き込むと先客がいた。
「ファウスト様?」
ファウストは驚いて目を丸くしていた。レノックスも顔には出ないが十分に驚いていた。こんな時間にまさか起きているひとがいるなんて。
「こんな時間にどうしたんだい?」
ファウストは薬缶からカップに白湯を注いでから尋ねた。苦笑したのは、それがそっくりそのままファウストにも向けられる言葉だからだろう。
「目が覚めてしまって」
告げた後になって、レノックスはファウストからほんのりと酒気が漂っていることに気づいた。
「今まで起きていたんですか?」
「ああ。シャイロックのバーで……」
ファウストはバツが悪そうに答えた。
「いい夜だったんですね」
「そうだな」
ファウストは夜を名残り惜しむように、白湯を一口飲んだ。眠そうな彼の横顔には気安さが滲んでいる。
彼と共にとびきり良い夜を過ごせなかったことに一抹の寂しさはある。それでいて、こうして夜の終わりに彼と見えたのが自分であることには優越感のようなものもあった。
ファウストは「寝るよ」と告げるとレノックスに背を向けた。
「おやすみなさい」
水筒にファウストが沸かした湯を分けてもらって、雑にティーバッグの紅茶を入れる。レノックスは朝の方へと足を向けた。
魔法舎を出ると澄んだ空気が肺を満たす。まだ日中は暑い日が続くのに、朝夜はすっかり心地良い温度になっていた。レノックスは魔法舎の裏手にある森へと足を延ばす。気がつけば空は藍から青へと色を変えていた。白く細長い雲が線を引いている。
訓練でも使っている手頃な岩に腰を下ろすと水筒から紅茶をカップに出した。香りと共に湯気が溢れ、眼鏡を曇らせる。
「いい朝だな」
指で眼鏡を擦って、レノックスはそう呟いた。空の端が赤く光り始めている。朝焼けだ。魔法舎もそろそろ目覚め始めることだろう。
さて、今日はどんな一日になるだろうか。