2. 雨に囚われる
カインは最近屋敷の中を出歩く自由を得た。この屋敷がどこにあるのかはよくわからなかった。北の国かと思ったが、今日も激しく雨が降っていて、少なくとも北の国でも南寄りの地域であるらしかった。
「オーエン」
カインはホットミルクを持ってオーエンの部屋に行く。まだ魔法を使うことは止められていたから、シュガーの代わりに星屑糖を入れた。オーエンの部屋の扉は開け放たれていた。広いベッドの上で、オーエンは体を丸めている。虚ろな目がカインに向けられた。
「ホットミルクを持ってきたよ。飲む?」
オーエンはゆっくり体を起こすとカインの持ってきたホットミルクに口をつけた。食事も水分も取っていないようだったから飲んでくれて良かった。体の重さに耐えかねたように体が揺れるのを支えると、彼はそのまま体を預けてきた。
「しんどい?」
オーエンはこくりと頷いた。雨の日のオーエンは辛そうにしていることが多かった。魔法舎にいた頃は余程気を張っていたのだろう。
扉を閉められないのもそうだ。カインがやってくる前は、雨だというのに窓も開けていたらしい。カインがこんな窓ならいくらでも破れると言って、ようやく雨の入ってこない部屋にいられるようになった。
これも傷なのだ。オーエンの癒えない傷。
「あのさ、天気の良いところに行ってきたらどうだ?」
「何それ」
「俺は逃げないでここにいるからさ」
カインが監禁されている場所は、お世辞にもこの時期天気が良いとは言えなかった。毎日じめじめして暗い。晴れたところに行けば、オーエンはいくらか楽になるだろう。
「それに、オーエンはひとの中にいる方が元気が出るだろ」
オーエンは人混みの中が好きだ。様々なひとの表情を伺い、そこにある悪意や恐怖を自らの魔力とする。ここでカインとふたりぼっちのままでは、魔力が弱っていくのではないか。
「余計なことを考えるなよ」
オーエンはそれだけ言って、カインに身を預けたまま目を閉じた。まるで置物みたいに静かになったオーエンは綺麗だけれど少し怖い。このまま本当に動かなくなってしまいそうだから。
§
結局オーエンが屋敷を空けることにしたのはそれから五日が経った日のことだった。カインの長い説得の末、オーエンはクロエの作ったレインコートを着て、トントンとつま先を鳴らして靴を履いた。
「絶対に屋敷から出るなよ」
「わかってるよ」
オーエンは何度も何度も確認した。けれど、決して約束をしろとは言わない。それは彼にとって約束とは死に等しい行為で、だからこそカインにそれを迫ることもない。
「気をつけて」
カインはオーエンを送り出した。そして大きく腕を回すと腰に手を当てた。
「さ、この屋敷から出る方法を考えるか」
約束はしていない。
